2007-07-31

弁当の日と味噌汁の日

弁当の日。


香川県で竹下和男先生(現国分寺中学校校長)が始めた取り組みである。

子供達が自分の手で弁当を作る。大人は手伝わない。

単純なようだが見えないところに計算し尽くされた竹下先生の戦略が隠されている。


弁当を作る、料理を作る。料理には子供の生きる力を育むのに必要なものが詰まっている。


この取り組みを応用したのが味噌汁の日。


朝の味噌汁を子供達がつくる。


この取り組みでは食育的な効果はモチロンのこと、学力テストのクラス平均が20点上がったそうだ。


味噌が脳に作用したわけではない。


味噌汁をつるために早寝早起きした結果である。


子供の発育云々は横に置いても、自分が作った弁当の向こうに日頃料理をつくってくれる人、お米を栽培してる人、野菜を作っている人達に思いをはせることが出来ればそれだけでも大きな収穫というものだ。



日曜日から妻と子供達が妻の実家である山口県に里帰りしている。


日頃余り見ることがない海で釣りや海水浴を満喫している様子。



それはそれでいいのだが、私は家に1人。



朝起きて飯を炊き、おかずを作って弁当を詰める。



朝飯も食わなければならない。



味噌汁を作った。



今日はだし巻きたまご焼きとオクラ&豆腐の味噌汁。



俺もなかなかやるでしょう?




大学時代は自炊をしていた。



就職してからは実家にいたし、結婚したら妻が料理を作った。



朝起きて、顔を洗ったら飯。



当たり前な毎日に感謝する弁当の日。


当たり前に運ばれてくる農産物に感謝する味噌汁の日。



山口からのお土産と子供達の元気な声でひとまず終了。



毎日をありがとう。

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2007-07-31

杵柄と人生の長さ




私の職場には走る人が結構いる。


殆どプロな人達。


前の職場にいたサブ3高橋や行橋市から宗像市まで走って帰った恐るべし50代高山レベルの人達がゴロゴロいるのである。


鉄人までいる。


職場にはランニングクラブがあって、赴任してすぐに勧誘を受けた。



各地のマラソン大会に出場したり、県職員職場対抗駅伝に出たりする。


ちょっと前にお誘いがあった。



「豊満山から若杉山のコースで縦走しましょう。」



日曜日。



ちょうどその日は妻と子供達は山口の実家に帰っている。



行けます。




山を縦走するなど、何年ぶりのことだろう。




豊満山は太宰府県立自然公園に指定されていて、九州北部では英彦山や求菩提山に並ぶ霊山である。


その登りは急で、豊満山に登れれば九州の山々は楽に越えられる。


JR二日市駅に8時半集合。そこからタクシーに乗り合わせて登山口へ。


一般的には太宰府天満宮上のかまど神社か本道寺からのアプローチが知られているが、今回はウチの試験場近くの大石から入山して大谷尾根を通って豊満山頂を目指した。


歩き始めて45分ほどで小休止をとった。



そうそうこんな感じだ。



山の木々から漏れ落ちる7月の日差しが気持ち良かった。



最初の1時間は馴らして歩く。



1回目の小休止では衣類で体温調節を行う。


自分なりに気分を出すために、行程を小休止の度に記した。


行程にかかった時間、分岐、ピーク。



おおお。なつかしい。



私は高校時代、山岳部で九州の山をあちこち登った。



今回の縦走参加にあたり、私はこのことを伏せていた。



とにかく健脚に関して言えばすげーヤツらなのである。




そこへのこのこと着いてきて大口を叩き、みんなの足を引っ張っては体裁が悪いのであえてだまっていた。



最初の登りでおおよそのペースは読めた。これなら普通について行ける。


このコースを逆向きに2,3度登ったことがある。



高体連の試合がここで行われた。


種目「登山」。


試合では、初日、JR篠栗駅から若杉山に登り、頂上付近のキャンプ場で設営。翌朝テントをたたみ、しょうけ越え-砥石山-三郡山-仏頂山-豊満山-かまど神社-太宰府天満宮というコースを縦走した。



今回は豊満山までのアプローチは異なるが、それ以外は昔歩いた道である。


豊満山までの道は急で、2回ほどの小休止をとりつつ2時間足らずで登り切った。


ただでさえ暑い7月下旬に急な坂道。



頂上でシャツをしぼったら、汗がじゃばじゃばしたたり落ちた。


残念ながらもやで視界はいまいちだったが久しぶりの豊満山頂は爽やかだった。


歩く足元にはかわいらしい草花や赤い実が微笑んでいる。


この小さな出会いがたまらなくうれしい。




仏頂山を過ぎ、三郡山で昼食をとった。



妻に握ってもらったおむすびとダダをこねて焼いてもらった卵焼き。



あまり長居が出来ないのでささっと食べた。



おいちい。




1時間半ほど行くと砥石山というピークがあるがその30分ほど手前に前砥石山というピークがある。


砥石山と名付けたのも人間ならば前砥石山という思いっきりいい加減な名前を付けたのも人間である。



人は何にでも勝手気ままに名付ける動物である。




その名の通り、前砥石山を過ぎて30分ほど行くと砥石山である。




この砥石山から下り坂を30分行けばしょうけ越えに出る。


しょうけ越えでは国道を跨いだ陸橋を渡る。



この橋を渡った先には無人の山小屋があって、ビパークが出来るようになっている。



この小屋には思い出が詰まっている。




17歳の時、友達2,3人と共に食料と水、酒を持ち込みこの小屋に一晩泊まったことがある。



避難小屋としても使われているようで部屋の隅に薪と灯油が備わっていた。



それをフルに消費して一晩明かした。



霧のような雨が降っていた。



50CCのバイクで1時間ほどで小屋に着いた。



このコースを縦走している途中に小屋を見つけ、国道からすぐのところだと確認した。


ということは、山を歩かずとも小屋に行けるのだから食料や酒を持って行こう!


小屋から5分ほど下った茶屋にはエロ本の販売機があった。


ちゃ~んとそのへんも外さない。


いまで言う、オートキャンプである。


昔からそういうバカらしいことが好きだった。




なにを話したのかは忘れたが、楽しかった思い出だけが小屋に残っていた。


小屋は少し改装されていたが、なつかしかった。




思い出を後に若杉山へ。


ちょうど1時間。若杉山に到着した。麓の集落にある温泉についたのが16時20分。8時半に入山して6,7時間の行程だった。


なかなかいいペース。



時折ある急な上り坂を軽快な足取りで進みながら、俺、17歳の頃よりもたくましくね?などと思いもした。


あれから20年の上が過ぎていた。あのころの私に今の自分は想像できなかった。


歳をとるなど思いもしなかった。


30歳や40歳の自分をイメージすることすら出来なかったのである。



ただ漠然と、しょぼくれていく「老い」を連想していただけ。



行き着いてみると楽しいじゃないか!



30代はあと3ヶ月で終わる。


楽しい30代だった。



次は40代。



山を登ったり降りたり、歩いていこう。



人生、行ってみないとわからない。






2007-07-27

本質

少し前、グラフィックデザイナーの方と打ち合わせで同席した。


私よりチョイ上あたりでハイセンスな感じの女性。


名刺交換をした。


「あ、あなたがしましまさん。読んでますよみやこ魂。おもしろいですね。」



あは~んハート達(複数ハート)


しびれるぅ~目がハート



「おもしろいんですけど、普通に読んでて農業のことがよくわかるっていうか、もう『野菜が高い』なんて言えなくなりますもの。」



もっと言ってもっと言ってもっと言って~んハート達(複数ハート)




打ち合わせが一段落して雑談をしていると再び私のブログ「みやこ魂http://www11.ocn.ne.jp/~miyakoae/miyakodamasiibakkunannba-1.html」の話になった。



「あれってしましまさんが全部書いてたんでしょ?私、しましまさんってもっとごっつくてマッチョな感じの方だと思ってました。」



へ?



あたしこんなですけど・・・。



「少なくとも胸毛は濃いと思ってましたよ。ぼわーっとダッシュ(走り出す様)



・・・・。




私の胸に毛はない。




そのやり取りを隣で聞いていた記者さん。



「ちょっと前にみやこ魂読んだ方からの感想メールをしましまさんに転送したでしょ。」


そういえば少し前にいただいた。


笑い声いっぱいで「おもしろい」という感想だった。



人間、ほっておかれるのが一番辛い。


ああいうブログや連載をしていて反応というのはそうそうあるものではないが、やはり人間なのでなんか反応が欲しくなる。



ずーっとほおっておかれ続けて、ふっとそういう感想をもらう。好感触のメールなどをもらおうモノなら、それから半年はがんばれるのである。



「そうそう。わざわざ転送していただいてありがとうございました。うれしかったですよ。あのメールもデザイナーさんでしたね。でもあちらは男の方でしょ。」



「え?いえ、こちらのデザイナーさんですよ、あのメール。」



「あ。」




「はははははははあせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)文章からして男性だと思いこんでましたよ。はははははあせあせ(飛び散る汗)



あ~汗かいた。



文章は書く人の内面をさらけ出す。



本来なら容姿や雰囲気がじゃまして見えなくなっているあからさまなその人が見えてくる。



あたしの本質ってさ。




胸毛まっちょボケーっとした顔

2007-07-22

強行


「まぁ、そのポジションに誰がくるかでかわるわなぁ」


「やまさきさんが植えた苗ですよね」





「?????は?なんが?」






・・・・やばい。


車の助手席で私の意識はかなりの混濁状態だった。



途切れ途切れになる頭で会話をしていると途中で話が飛んでしまう。







宮若市の農家で酒飲みがあった。

山奥にある花農家。奥さんの美味しい田舎料理に楽しい仲間達。

西日本新聞社で行われた食卓の向こう側食育セミナー会場からやまさきさんの車に乗せてもらった。

行きの車のなかでもかなり目が潰れていたので、やまさきさんに言われた。

「お前、乾杯してちょっと酒が入ったら速攻寝るやろ」



昨日も飲んだ。


昨日は昔事務所で同僚で農大にいる仲間が私の歓迎会を開いてくれた。

飲みましたねぇ。

二日市で飲んで、泊まるとこはいつものホテル。

電話してみた。

「申し訳ございません。本日はあいにくシングルは満室でございます。ツインはございますが、」

そんな、一人でツイン泊まったら寂しいぃやん。

ほかを当たったが金曜日とあってどこも一杯。



仕方ない。



ネットカフェ難民申請。


泊まるとこ確保してからまた天神でもう1軒。


寝たのは3時。



うぷぷ。


朝、やまさきさんからの電話で目がさめた。



やべ!


8時半。

9時に人と会う約束だったので慌てて支度した。


11時からは西日本新聞社の食卓の向こう側食育セミナー。

長崎の波佐見南小学校「味噌汁の日」の取り組み。

弁当の日からの波及で味噌汁を子供達がつくることで生きる力を得ていく様がよくわかった。

感動した。

なんのこっちゃ分からないでしょうから、このことは次回。

セミナーの打ち上げもあったが、宮若の飲み会と重なってしまったので、福岡を後にした。

思えば今週、家に帰ったのは木曜日だけだった。

さすがに疲労が…。



自分でも、酒が入ったら直ぐに寝てしまうだろうと思っていたが、一向に眠くならない。


普段から走ったり泳いだりしてるのにもってきて、基本的に寝不足気味である。


酒を飲もうものなら、途端に寝てしまう。



ただ、喋っている間はシャンとしている。



これが興味のない話題に移ったり、話題の中心から外れてしまうと意識がとうのいていくのである。



日頃より酒がうまく感じた。


今夜は眠くならない。


眠いどころか、絶好調にのりのりな自分が心地よかった。


それだけ、会う人会う人楽しかったからに他ならない。


みんな口々に「試験場軟禁どう?」


と心配してくれた。


私の紹介文には「試験場という石山に閉じ込められた遜悟空」とあった。




大丈夫!


どこ行っても私は自由!


異動くらいのことではへこまない。


好きなようにやってますょ。



22時。

お開きとなり、みんな帰路へとついた。




やまさきさんお願いします。


というわけで冒頭の繋がらない会話。


車に乗ったところで電池が切れたようだ。


「さすがのお前も疲れてるみたいね」


すんません、運転してもらってるのに。


家に着くと風呂にも入らず寝てしまった。


明日は5時半起きでイモの草とり。8時半からは子供会のイベント。


いそがしーね、俺。


誰が悪いんだ?





俺がわりぃ。

自分が決めてやったことには腹が立たないのである。

2007-07-21

正解を知らぬまま


行ってきました試験場!














え?ちゃいます。農業の方じゃなくて運転免許のほぅ。






はい。







短期免許停止(30日)の講習である。








私の生涯で3回目チャペル


3回目ともなりゃああた、牢名主の貫禄ょ。




免許停止処分の際、講習料金を支払って講習を受けることができる。



1回一万三千八百円也だよ。







回数券買っときゃよかった。



もう。



講習の最後には、試験があって、85点以上ならば30日免停が29日短縮されて1日になっちゃう!って得点つきハート達(複数ハート)



講習を受けずにあまんじて30日を受ける人もいるけど、免停で、運転できないと金のこっちゃないから、ちゃ~んと受けた。



まぁ知ってることばかりだろうとたかをククッていたが、割と勉強になる。

酒酔い運転と酒気帯運転の違いとか知ってますか?

おれ知らんかった(●д●)

酒気帯びは体内にアルコールがあって0.15ミリ以上検出された者。

これに対して酒酔いは、飲んだ量に関わらず、適正な判断が出来ない状態で前後不覚な様の者、となる。

つまり、焼酎飲もうが奈良漬食おうが量に関係なくちびーっとでもアルコールが入っててヘベレケならば酒酔い運転なの。



奈良漬食えねーょもうやだ~(悲しい顔)






まあ、何とかかんとかいいながらもさ、1年間無事故無違反で通さなきゃ、次5点減点になっちゃうと、今度は中期免停になってしまう。

中期免停になると60日免許停止。


いくら講習を受けても30日しか短縮にならないから、30日は車に乗られない。


いわゆるもち点で言ったら、15点で免許取り消しでしょ。

これは前歴0回のばやい。


私は今日で前歴1回になっちゃったもんだから、10点減点で免許取り消しで、免停までは5点。


今回みたいに41キロオーバーやっちゃうと6点減点で即中期免停をくらう。


反省してそろーっと運転せな。




まあそんなわけで、試験を受けた。



免許の試験とかこういうときの試験を受けるとき思うことがある。



私が好きな問題に「暴走行為は若者のはけ口であるので少しぐらいよい」とか「下駄は滑りにくいので運転に適している」

とかうちの子でも引っかからんぞってばか問題が必ずあるでしょうが。


カト思ったら、「交通事故で、人を死傷させた場合は、自動車運転過失死傷罪で5年以下の懲役もしくは禁固又は100万円以下の罰金である」って問題で正解は5年じゃなくて7ですよ、とか・・・それ弁護士でも引っかかりはしませんかって問題も混在する。



おもろいけどさ。




極端すぎない?









たとえばほかの問題パーフェクトで、「暴走行為は若者のはけ口であるので少しぐらいよい」とか「下駄は滑りにくいので運転に適している」の問題で○って書いてしまった人がいたとする。



でも免許はもらえるでしょ。今日の免停も短縮されて運転できるようになる。



そうしてパラリラポアラリラ~蠍座って暴走行為やったり下駄で車運転してたとするでしょ。



警察に捕まって起こられた彼。



「なんで起こられるの?俺。」



ってなるでしょ!


そう主張して免許もらったんだからさ。




ちゃんと答え合わせして誤りは正さなきゃさ、俺が心配でたまんない。



下駄はやりそうで。

2007-07-19

パソコン

私が今の職場に来て引き継いだもののなかにパソコンがある。

行政コミュニケーションシステムといって県職員がみーんな繋がってるネットワーク用のノートパソコンと仕事用のでS句トップパソコンの2台。


私がやることなんてしれているので、1台適当なのがあれば足りるのだが、前任のデータとかなんとかが入ってるので、戸棚にしまうわけにも行かない。


結局2台とも机の上にある。


デスクトップの方の本体に張り紙がしてある。


「WINDOWS2000 アップデート禁止!」





あのう。





いじめ?



なんでもアップデートしてしまうと使えなくなるデータがあるとかで、そのまま使っているのだという。



3ヶ月ガマンした。


仕事はノートの方で十分なので、データや昔の文書見る時やネットを見る時にはデスクトップ。



このままでもいいかな~と思ったけど、やっぱしナントカしよう。



1台パソコン買って下さい。


総務に掛け合ってみた。




却下。




備品を購入する予算が無いのだという。




一旦諦めていた私だが、裏技を授かった。




備品を購入する予算は「備品費」


こちらは試験場でどうしてもいるナントカ分析機とかなんとかうん千万円規模の購入でいっぱいいっぱい。


私のパソコン10万円。



備品費に余裕はない。





ないのだが、消耗品費にはちょっと余裕がある。



備品と消耗品、何がちがうのか。




金額が違うのである。



会社や団体により規定が異なるが5万円未満は消耗品でそれ以上は備品。


備品は備品簿に載せて基本的に減価償却が終わる年月使用しなければならない。


消耗品は読んで字のごとく、消耗していく紙やインク、文房具等である。


パソコンは?



備品である。



では、パソコンの部品は?



金額にもよるが、安価であれば消耗品として購入できる。



だったらぁ、マザーボード1万円、CPU5000円、メモリー10000円という具合に消耗品で部品を集める。



今のパソコンで使えるところを使って、買ってきた部品でグレードアップさせ、WINDOWSもxpにしよ。



これで万事丸く収まる。




しかし私、中学校の時にガンプラ作ったことはあるのだが、パソコンを組み立てるなぞ、到底できそうにない。



パソコンで困った時は、よしのさーん!



1階よしのさんにお願いして組み立ててもらった。



は~い!できあがり~!



総額45000円也!




消耗品ざんす。




2007-07-19

ワル

41キロスピード違反のかどで検察庁から呼び出しがあった。

30キロ以上のスピード違反は切符を切られて即時反則金を支払うのではなく、裁判を受けて刑が確定してから罰金刑が言い渡される。

言われた時間に検察庁の支部に行くと「取り調べ室」に通された。
うわ!取り調べられちゃう(@д@)


今日は本人が事実確認をし、裁判で異議を申したてない事に同意する。

これを受けて書類で略式に裁判、ということになり手続き終了。

書類による略式裁判に移行して刑が確定してから自宅に書留が届く、という寸法。

やり取りはものの10分で終わった。

今のところあたしゃ被疑者。

犯罪を犯したかどうか疑わしい者、なのである。

疑いをかけられている状態。



うひょ~なんかワルのニオイ(-_-メ)

2007-07-17

微笑みと笑顔の距離

めがね(@_@)かけたとこ見たことないね。免許の条件ないん?
スイミング教室。

視力とコンタクトの話題が免許更新の話につながった。

「あれ、視力測定の時にコンタクトしてて知らんぷりして受けたらわからないんじゃない?」

するといつもは大人しい赤阪さん

「ちゃんと斜めから見たりとか色がないかとか見てますね」

いつも無口で一生懸命泳いで死にそうになっている人。

いつになく喋るので注目した。


そんな熱心な職員見たことないので

「みんないい加減やん!俺条件付くまえは、『はい!当たりました~!』って人いましたょ。」

するとはし先生。

「アカサカさん、免許試験場の職員さんなんですよね。」

う。


いらんこというた(+_+)

「どこにいるんですか?受付ですか?」

「視力測定です。」


…。


さきに言って(#+_+)


帰りがけ少し話した。

私も試験場の職員ですと伝えると驚いたが、農政の、と付け加えると納得した。

「お立ち寄り下さい(^o^)」

赤阪さんはそう言って微笑んだ。


「はい!免停講習の招待状、今度の20日に頂いてますのでぇ」

微笑みは笑い声に変わった。

2007-07-16

完膚無きまでに

飯塚山笠も無事終わり、公民館ではなおらいの準備も整いつつあった。

なおらいとはいわゆる打ち上げで、これがまた祭りの醍醐味の一つでもある。


残念ながら私はなおらいに参加できない。


昨日から徹夜だし飲んだら家には帰られないが、理由はそれではない。



7月15日は博多や飯塚意外でも各地の神社で祇園が開催されている。


私の住む川崎町の正八幡神社でも小規模ながらに祇園祭が執り行われる。


祝詞があげられ、そこで我が獅子舞保存会の獅子をひとにわ奉納する。


終わればやはりなおらいがあり、酒が出る。



ちょっと前に役員から「遅れてもいいから来て下さいね」と連絡をもらっていた。


気持ち的には飯塚でお呼ばれの方が楽しそうなのだが、義理をかいちゃいけない。


やはり地元優先。これが出来てからじゃないとよその祭りにちょっかいを出す資格はない。



足早に飯塚を後にし、会場に向かった。


獅子舞には間に合わなかったが、私のへなちょこ獅子より若い者達の方がダンゼン上手いのでそれでいい。


なおらいで飲んだ。


飲んでしまうとやはり睡魔が襲ってくる。



ううううう。体力の限界。



11時になったので今日は午前様にならないよう、帰った。



いや~楽しいお祭り三昧

2007-07-15

不吉な男

博多山笠を後にした。


朝ご飯を食べ、ちょっとミスドで時間を調整した。


午後からは飯塚。



飯塚山笠なのである。

1日、2つ山笠。


飯塚にも山笠がある。


装束ややり方は博多のそれとかなり違いがある。


基本的に山を舁く、という点は同じだが、システムが全く異なるのである。


飯塚の山笠は全部で4流れ。

行政区ごとの単位で準備や人の確保を行う。この単位が4つで一つの流れを構成する。


流れはリレー形式で街の中を走り抜ける。


博多の山笠は随時舁き手交代制で、山を舁いている者が肩を叩かれたら即時交代するという鉄則のもと、常に要員が入れ替わり山が走る。


飯塚の山は、ポイントポイントで交代要員が待機して、その時点で総入れ替えが行われる。


それから山の舁き方も異なる。


博多の山は前と見送りがそれぞれ舁き棒を持ち上げ、山を完全に空中に浮かせるのに対し、飯塚の山は前方だけ持ち上げ後方は棒を持って前に押す。さらに後押しがこれをバックアップするという仕組みになっている。


行政区単位で3つほどのチームを編成し、入れ替わりの練習をした。


コスモスコモンの広場で山笠決起集会が行われた。


山は音楽に乗って登場する。うちの東流れはオジーオズボーンバンドのクレイジートレインだった。

このへんも博多とはかなり雰囲気が違う。



各ポジションに配置された。


私のチームはスタート地点と後半の2区間を担当することになった。


スタートの方法は櫛田の時と同じ。


なかなかいいスタートだった。


この分でいけば悪くないタイムがねらえる。


飯塚の場合もタイムを競うところは同じである。


後半、2つ目の区間のポイントで待っていると、山がやってきた。


変わろうとするも前任がなかなか山から離れず、少し後ろがダンゴになってしまった。


私の前で1人が転び、その後巻き添えをくらって2,3人が転んだ。


あ~。


残念。




あの。



朝の山の故障といい、夕方のミスといい。



これってあたしのせい?

2007-07-15

アクシデント


いよいよ櫛田入りである。

4時50分ごろから、一番、二番と順に櫛田神社の桟敷に入り、グルリと旋回して出ていく。

ここが山笠一番のミドコロ。

参列席は勿論、神社周辺の沿道は人で埋め尽されている。


台風の後、これだけの雨、肌寒さの中、カッパを羽織り、山が走りさる荘厳な姿を一目見ようと待っている。

8番山は我々県庁組や市役所組をはじめとする寄せ集め所帯で、この櫛田入りのキャスティングは当日決められ、ほぼぶっつけ本番で行われる。

前のかき手はやはり体格の良いガッシリした若者が選ばれる。

ならば、と見おくりのかき手に手を上げた。
見おくりとは、山の後ろ部分のかぎ棒をさす。

さすが晴れ舞台の役者選びとあってこちらも競争率が高い。

一番前で手を挙げている私は見向きもされないで、後ろのヤツから選ばれていく。


・・・・。


座敷に呼んでもらえない芸者みたいだ(-_-#)

それでもめげず、張り切っていると、後押しに選ばれた。

後押しは、前と見おくりで持ち上げた山を後ろから押す、いわば山のエンジンである。

これがないと山は前に進まない。


おし!いくぞ!

櫛田を出たあたりで知り合いののんたんが見ている。

熱くクールにきめよう。



本番。

夢中で押した。


考える暇などない。


櫛田を出ても押し続けた。

8番山は高さがあるので、コース途中、山を低くする。

その作業のため小休止をとる。

何度かの小休止の後、大通りから商店街に向かう銀行の交差点。

左に旋回し、体制を整えたあたり。

私は後押しに着こうと棒の頭に手をかけた。


その時である。

押そうとしたかぎ棒がぐーんと上に上がっていくのを見た。

ちょうど、戦艦の砲弾が上空を狙う時のように、ぐ~んと斜めを向いたのである。

つんのめったな。

直ぐにわかった。

ならしの時にも何度かあった。


ごごご!


ただならぬ音がした。

音とともに、山の上の飾りが前方に折れ曲がってしまった。

山は大きな息をして、そのまま冷たくなってしまった。

大勢が見守るなか、下敷になった人達の救出が行われていた。

「怪我人はないかー!」

みんな無事だった事が確認されると沿道から拍手が起こった。

原因は3センチ地面からせりだしたマンホール。


3センチにつんのめった勢いと雨を含んだ重みに飾りの骨が耐えきれず、根本から折れてしまったのだった。


山が再び息をすることはなかった。

そこからは山の足に車を付けて押した。

くそう。

我々は追い山ならしと本番追い山のみの参加である。


たまらなく悔しかった。

たった2日の美味しいところどりの俺たちがこれだけ悔しいのだから、一年間準備をしてきた役員たちの心中はおよそ計り知れない。

冷たい雨が降るなかみんなうなだれて商店街に入って行った。


川端商店街は余りに暖かい拍手で迎えてくれた。


ぐっとこみあげてくる。


泣いてはいけない。

俺達が泣いては申し訳がたたない。


ぐっと堪えてかぎ縄を握った。

山をおさまりにもどすと、数人の大学生を残し、なおらいの場所まで行くことになった。

「4列ー!」

山笠独特の手を下に伸ばしたままのスタイルで走っている。

声を出した。

おいさおいさおいさおいさ


その声がまた一つに。

なりやまない拍手。


涙がこぼれた。


泣くな俺!


泣くんじゃない

2007-07-15

あきんど



追い山ならしのときから気になっているアイテムがある。

胸もとに光るカッチョイイお守り。

「それどこ売ってるんですか?」

してる人に聞いてみた。

櫛田神社の境内で売っているのだという。

知り合いも付けていた。

なんとも粋でカッチョイイ。

してないとな~んか負けたみたいデクヤシイので、買いに行った。

「あのカッチョイイの下さい。」

先におめあてを買ってから、お詣りした。

無事でありますように。見守っててください。

このお守り、札は売ってるのだが、ヒモがない。

神社で売っているのはお守りだけでヒモがないのである。

集合場所の体育館でも、ヒモがなくて困ってる人を何人も見た。

世の中の「困った」にはビジネスチャンスが必ず隠れている。

ちょっと離れた100円ショップでゴムヒモとハサミを購入。

是見よがしに自分の札にヒモを通していると、あっというまにちょっとした人だかりが出来た。

あ~い!ヒモ10センチ200円ね~!ハサミ使うなら300円よ~。

札の穴に対してヒモがちょい太いので穴をほじほじするのと、ヒモをいい具合の長さで切るのに必ずハサミが要る。


ひひひひ。


記念撮影もセットだからねぇ~全部で1000円よー。



おまえほんとマーケティングチームか?



ひひひひ。


今日はダフヤ稼業なんでぇ。



おっと!はじまる!


店仕舞い店仕舞い。

2007-07-15

のぼせの巣



ははは!

やっぱ楽しい。

雨降ってるけど、そんなのへっちゃら。

しめこみピシャーっと決まったし。

ご要望にお応えして半けつ写真アップ~!


みてみて台風の後だというのにこげんもいっぱい集まって。

みんなのぼせたんばっかし。

山は全部で8つ。

うちは上川端流れ8番山。

おおとり。


さて、まだまだ時間もあることだし、商いでもすっかねぇ( ̄ω ̄)

2007-07-14

嵐の前の選択

金曜日。

ひとりぼっちの部屋で書きものをしていると携帯電話が鳴った。


あ、今日午後見えるってお客さんからかな。



ディスプレイには北九州の093で始まる電話番号。


はて、どちらさま?



「門司港レトロスイム&ラン実行委員会の○×です。こんにちは」



あ。。。。



やっぱし中止か。



実行委員会から携帯に電話が掛かってきた時点でそこまで悟った。



台風4号が14日午後に九州上陸の模様。



その翌日だからな。


吹き返しの恐れもあるだろうし、湾内だが波も高いに違いない。


何かあったら大事になる、と早いウチに決断したのだろう。




「来年もエントリーよろしくお願いしますハート達(複数ハート)



そうか。


はし先生のいうこと聞いてスイムのタイムが上がってきていただけに残念である。





しかーし!



私に落ち込んでいるヒマはない。



気持ちを切り替えなければいけません。



カキーンぴかぴか(新しい)




はい、山笠モードにチェーンジ富士山



一旦諦めてしまったんですけどね。


これはこれで捨てがたかったんですよ。


遠慮ナシにまた舁ける。



おっほほほほほーだるんるん


台風も夜には収まるだろうから、昼間寝てからいざ出陣車(RV)


いきますばいるんるんおりゃーダッシュ(走り出す様)






おっと。



ぶどう園のこと忘れとった。



台風対策台風対策。



コースそれるかも知れないし、来ても九州の宮崎側通る公算が高いからオヤジと二人してタカをくくっていた。


今日になってちょい弱気あせあせ(飛び散る汗)



「ちょっと行ってヤベーとこだけ止めとこうか。」



2時間ばかし処置をして帰ってきた。



おし!



飯喰って寝とく!!

2007-07-13

アンパンマンの弱点克服




あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)今年は門司港レトロスイム&ランと博多山笠追い山がダブってしまった。


苦渋の選択でスイム&ランをとった。


が、やはり山笠は捨てがたい。



博多山笠といえば、700年以上の歴史を有し、日本の三大祭りにかぞえられる伝統ゆかしい祭り。


今年は土曜未明とあってかなりの人出が予想される。



その由来はさかのぼること鎌倉時代。

仁治2年(1241年)に承天寺の開祖・聖一国師が当時蔓延していた疫病を鎮めようと、町民が担いた施餓鬼棚に国師がのって病魔退散を念じ祈祷水(甘露水)をまきながら町中を清めて回り、その功徳により疫病を退散させたのが始まりという説が有力と言われている。


これまで何度と無く中断を余儀なくされたこともあったが、復活後、現在の形で継承されている。


博多祇園山笠の舁き山は七つ、七流れある。


舁き山は神興のようにかつぎ、追山笠などで市内を走る。一方飾り山は、歴史上の人物人形などが豪華絢爛に 飾りつけられたもので、市内13ヶ所に展示される。


我々が舁くのは「八番山笠上川端通」である。




山笠は基本的にその流れの区域内に住んでいる者が舁くが、区域外の者でもその区域に住んでいる方の紹介があり、山笠の行事に責任を持って参加できれば舁くことができる。


今まで3回舁いた。



先程、流れは七つといった。舁き山が走る流れは七つであるが、この八番山笠だけは特殊で、飾り山をそのまま舁く。


昔は全ての流れが飾り山を舁いていたらしいが、電柱電線等の普及のため、保安的要因から現在のスタイル、舁き山を舁くようになったようだ。



重いのよ。



2t。


それ以外の舁き山が1t足らずなのに対し、八番山は倍以上。


2000キロるんるん


人形師の先生が製作した作品にせり出し装置とドライアイス噴射機搭載!!!!


今回は電光ちかちか装置のおまけ付き。








重いって。




これを40人で舁く。


山笠の山は「担ぐ(かつぐ)」といわず「舁く(かく)」という。



1人あたり50kgちょい。



今年は追い山こそ断念したが、諦めちゃ~いけない。




山笠には追い山馴らしという行事がある。



これはいわばリハーサル。


3日前の昼間、未明にやることをそっくりそのまま12時間時間をずらして通す。


それが本日7月12日。




午後からお休みを頂いて集合場所である櫛田神社近くの小学校体育館へ向かった。



そこに行く前にちょいと寄らねばならないところがある。



去年、はいていた地下足袋が破れてしまったので新しいのを買わなければならない。


博多には山笠グッズ専門店が何軒かある。


年に1回こっきりのお祭りで経営が成り立つのか?


しっかり成り立つのである。


町全体が一斉にのぼせきる。



それが博多山笠。


山に見せられた人達を「山のぼせ」という。







2007年。新兵器投入ブティック



地下足袋エアー山笠モデルexclamation ×2



わーこれ買うこれ買う~!!!!




うふふふ~指でOK




クールにいくぴかぴか(新しい)




これまでの3回は全て本番のみ参加、追い山で追い山馴らしに参加するのは今回が初めてである。



明るいと雰囲気がでないというか違和感があるというか、どーも気分が乗ってこない。


山が動き始めても水もかぶらずただ着いていった。



本番は夜中12時集合で山が動き出すのが3時過ぎ。


仕事が終わってから博多に入り、夕方から1時頃まで仮眠を取ってからコトに臨む。


いきなしそういう睡眠の取り方をしても体が受け付けないので寝不足気味の状態である。


それに深夜特有の訳のわからぬテンションの高なりが引き金となり、スイッチが入る。

そのまま、山を書き続けてランニングハイに陶酔し、舁きおえた後の達成感と集団の一体感を味わった時点がのぼせのピークである。



今回はあ~いう感覚は無しかもな。




私を山笠に誘ってくれた鷹橋さんが近づいてきた。



彼も門司港のレースにエントリーしている。



門司港優先は2人で決めた。



「今年はレースもあるしな、気分も盛り上がらんし、パーフェクトに守りに入ってしまったな。なんか老いを感じるな~。」


「そうですね。なんかイカンですね。でもレースあるから怪我できないし、今年は仕方ないですよ。」




いよいよ櫛田入りが近づいてきた。



流石に見ているだけでは済まないので、水当番に頭から水をかけてもらった。


ちょっと舁てみっか。




水には意味がある。


この水が山の舁き棒と肩の摩擦熱を吸収して舁く者の肩を守る。



ザザーあせあせ(飛び散る汗)




水をかぶった瞬間に火がついた。


おっしゃ~むかっ(怒り)



舁ぎ縄を舁ぎ棒に巻き山についた。



いゃぁあああああ




おっしょいおっしょいおっしょいおっしょい




山全体に駆動が伝わり、山は大きな生き物と化す。



肩を叩かれたら替わるのが掟。



肩を叩かれたら替わり、また入り、また抜けてまた舁く。



道行き、気がつけば膝に手をつき肩で息をしていた。喉はすでにかれている。







守り山羊座、とか。




隣に鷹橋さん。



彼も120%全力投球だったようだ。



「ははは!守りとかな~!俺たちにそんなん無理やったな!はははははは!」



水をかぶった時点で普通の人から何かに変わるスイッチが入る。



山について、1,2,3という号令に促され「いやぁあああ」というかけ声で山が宙に浮く。

全員の心が一つになる瞬間である。この一瞬がうまくいかないと山は動かない。


この瞬間が私の中のなにかをスパークさせる。






なんだかんだ言ってもさ、のぼせてしまうのよ。


5時半1本締め。



みんなはなおらいへ。




私は田川へ直行。



道場が私を待っている。




山笠のぼせますばい。昼でも夜でもウインク

2007-07-10

私の明日

朝から腹が痛い。


こういう感覚、久しぶりである。


朝飯もほどほどに正露丸を飲み仕事へ出かけた。



職場に着くなりトイレに直行。



うわ。2階のトイレ清掃中。



3階に駆け上って用を済ませていると、携帯にメール。



「○○さんが亡くなったそうです。19時からイカリの・・・」


あらま。



個人と特別な付き合いはなかった。


同じ職場になったことはないし、仲が良かったわけでもなし。



どちらかというと目立たない方だった。



仕事をバリバリするタイプでもないし、インパクトのある特技を持っているわけでもない。



私の農林事務所時代と普及センター時代に隣の普及センターにいて、会議なんかで同席したりしたくらい。


同じ田川出身の普及指導員。



話をしたことは何度もあるが、話も合わない。


誰かに御霊前だけことづけても良かったが、同じ同郷のよしみ通夜に出席した。


享年55歳。


いきなりの心不全だったらしい。



死ぬ予定のない人がいきなり逝ってしまったような通夜はたまらなく悲しい。



残された遺族の方々はそれはそれは痛々しかった。



その様を黙って見つめていたが、感情移入は無かった。



ただそこに立って見つめていた。



だれに明日の自分がわかる。



今を全力で生きるしかないのである。

2007-07-09

開眼

先週土曜日、後輩の結婚式披露宴。


結婚式なんだから酒飲むし、飲んだら車は運転できない。





その前日、私は仕事の帰りプールに寄った。



7月15日は門司港スイム&ラン。


そろそろ気合いを入れておかないといけない。



山笠とこのレースを天秤にかけていたが、山笠は追い山ならしだけ参加してレースに出ることにした。



そういうわけだから、ちゃんと練習しておかなければいけない。


ランはやばくなったら止まればいいし、ゆっくり走ることもできる。


問題はスイム。



ちょっと前のスイミング教室。


始まりの時、お願いした。



「すんませんけど、今日からクロール専門でお願いします。」



はし先生。



「あ、レース近いんですよね。いいですよ。やりましょうハート達(複数ハート)



考えてみれば、今までクロールの指導を受けた覚えがない。



その日にフォームをかなり直された。



水をかく手のスタート地点。


これが自分で思っているより手前だったようだ。



ちゃんと見てもらうといろいろ課題がわかった。



よかった、お願いしてぴかぴか(新しい)






よし!フォームは固まった。




あとはこれで1キロ泳ぎ切る筋力と慣れ波



とにかく泳ぐしかない。




その日も泳いだし、その翌日も。




結婚式の前日も泳いだ。



プールから帰っている車の中で携帯が鳴った。


妻から


「あたし、もう自分で行くから迎えにこんでもいいきむかっ(怒り)





・・・・。




あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)げっそり



わすれとった~山羊座



今日は早めに帰って妻をPTAの飲み会に送り迎えするんだった。



いや、覚えてたんだけどね・・・。



つい夢中になってさ。




フォームちゃんとしてからみるみるタイムが縮まっていくのよわーい(嬉しい顔)




おほほほほほるんるん




電話の物言いからしてカナリ頭に来ている様子。



無理もない。



逆のシチュエーションは週2~3回のペースである。



たまの飲み会送るくらい、ちゃんとやってください。





・・・・・はいかたつむり






翌日の土曜日。後輩の拳今式披露宴の日である。




プールは家族全員で行くが、最後まで一緒にいると福岡である披露宴の受付時間に間に合わない。



「妻に途中でプール上がって俺を駅まで送ってくれよ」



いえねー!!!!!



いえね~よ。昨日の今日に。



くそう。昨日のポカが高くついてしまった。



仕方がないので自分の車で福岡まで行った。



まあ、レース前だし、飲んでも大して飲めねーからいいっちゃいいか。



結婚式披露宴。




いきなり会場インタビューのアナウンス。



「お一人目はしましまさ~んお願いしまするんるん



考えてね~よ山羊座



思いついたのは昨日今日の出来事。


これ言っちゃいけない、本能的に思った。



「おめでとう。よかったね!結婚。あのさ、俺も結婚してるけど、人生山あり谷ありだ。がんばってね。遠くがよく見える望遠鏡のように幸せになってください。」


しようもないことを言った。


つまらんこと言うなら昨日今日のこと言って「2人はいたわり合って」とかなんとか言ってしめても良かったなぁ。



即興だからね。おれ素人だし。



おめでとうねexclamation ×2



いろいろあるけどさ、2人でがんばってねぴかぴか(新しい)




おれはクロールがんばる波



今日もプール。


おし!またタイム縮めたぴかぴか(新しい)




はし先生、水曜日また見てねあっかんべー

2007-07-06

昔取った杵柄

今日はテコンドー練習の日。


道場は19時30分から2時間。


夕方生徒の1人から携帯に電話があった。


「日曜日、試合なので練習の後、体育館の隅でパンチの練習しててもいいですか?」


別にかまわないのでいいよ、と電話を切った。



練習が終わり、パンチの練習をしている生徒2人。20代前半である。


テコンドーの9割はキック、蹴りである。突きの練習はほとんどない。


むかし、生徒が異種格闘技戦にエントリーすることがあった。



「パンチをおしえて下さい。」



私は格闘技といえばテコンドーオンリーだったのでパンチは殆ど知らない。



ひょんなことからボクシングジムに通ってみた。

http://www11.ocn.ne.jp/~miyakoae/tamashii12gatu.html#suto-ri-sei(zennpenn)

何年か通い、それなりにわかってきた。



その後、道場でもパンチの練習を取り入れた。



取り入れたと言っても1日2日やった程度できっちりフォームができるワケではない。



2人のフォームを見ているとイライラしてくる。



あー!


地面を蹴って腰を切ってぱーんちたいパンチ



あー!


かせかせ!グローブとヘッドギヤかせちっ(怒った顔)



おれやりたいばっかしぴかぴか(新しい)



4ラウンドほど相手をした。



流石に3年ぶり、思うようには動けない。




が、付け焼き刃な2人には負けない。



家に帰って手首いた~いあっかんべー


バンテージもなんもナシでやったからだ。



こういう痛みがスキハート達(複数ハート)

2007-07-05

そこにおわしましたか神様

子供の頃、思っていた。

私が生まれた10月は神無月。神様は皆、出雲に出張で居ない間に私は生まれた。


神様は私のことを知らない。


神学を学んだわけでもなんでもないのでその解釈があっているかどうかは知らないが、そう思っていた。


まてよ。そもそも神はいるのか?



もし神がおられるとすれば、地上で怒ること全てを知り尽くし、それらを支配している。


庭の石をめくると蠢いている虫やゲジゲジみたいなのたちのこともちゃ~んと神様は知っておられる。


仮に私がその石をめくったから虫たちの存在を知り得たのだが、そのままだと一生彼らとは会わなかったろう。


そういうヤツらのことまでちゃーんと神様は知っておられる。




・・・・。



それ無理。



そういう理屈で、私は神はいないと決めていた。





30歳を過ぎて、いるんじゃないかな。時折そう思う。


それはお墓に眠るご先祖様なのか神様なのか妖怪なのかは知らない。


目に見えない。


星の瞬きや日の光、木や草が川の流れが応援してくれているような気がしたり、ささやきかけているように聞こえたりする。


それから、私に起こること全てには意味があり、その先に起こることの暗示であったり、良い結果に導く知らせだったりする。


かなり凹むようなこともあるが、それはその先の何かに繋がっている。

人間万事塞翁が馬、なのである。


風が吹き、木々の葉が揺れる様のように風は見えずともその働きは形を成す。


神かどうかは知らない。


しかし私を導いている何か、その存在を感じるのである。







7月3日。



朝、ある農協で行われる会議に出席しようと農協に向かった。


農協に着くと様子がおかしい。



「あれ?みんなは?」



「今日の会議は黒崎ですよ。しましまさんも出席するんですか?」



あちゃ~。


勝手に農協であると勘違いしていた。


この農協が北九州黒崎の商店街にある空き店舗を利用してアンテナショップをオープンする計画を進めている。


私も無理矢理参画した。



その会議である。



仕方がないので黒崎へと向かった。



黒崎までは約1時間。



急げば50分くらいで着くだろう。



カーナビをセットして車で向かった。



途中、ワインレッドの車がゆっくりゆっくり走っていた。


私は煽ったりしない。だまって着いていった。


するとその車がハザードを点灯し止まった。



携帯電話か何かで運転を中止しなければならない状況だったのだろう。


ありがとさ~んわーい(嬉しい顔)



黙ってついて行ってはいたが、ストレスには変わりない。


ただでさえ急いでいる。




つっかえが通り、一気に加速ダッシュ(走り出す様)



ピピピピピ富士山



こないだ買ったねずみ取り対策レーダーが大きな音を立てた。



「ステルスですステルスです」


やべあせあせ(飛び散る汗)


直ちに減速バッド(下向き矢印)


前方を見るとスピード違反取り締まりレーダー装置。



あちゃ~げっそり



減速はしたが恐らく警報機が鳴った瞬間、速度測定は完了している。



ねずみ取りレーダーが進歩してねずみ取りに引っ掛からない私のような悪質ドライバーが増えたため、警視庁も考えた。



これだという車にねらい打ちでレーダーを照射し速度を測る。


この方法だと、旧来のようにレーダー出しっぱなし式だと手前で見破られてみんな減速し、誰もねずみ取りに引っ掛からない。


ステルス、恐るべし。


ステルスでも私のすぐ前でゲットされるネズミがいれば、反応して予知できる。


不幸にも私の前を走っていたばあちゃんが私に道を譲ってくれたので私が先頭。



仕方がない。



そのことを瞬時に悟るやいなや、4人の警官が道に出てきて私を制止した。


あ。


つかまったげっそり





「はい、こちらにおねがいしま~す。だいぶスピード出しておられたようですね~。81キロでしたよ。ご存じですか?ここの制限速度は40キロなんで41キロオーバーです。」



30キロを超えるスピード違反はいわゆる切符を切られない。



その場で反則金を支払うのではなく、裁判所に行き裁判を受けて判決を待ってから「反則金」ではなく「罰金」を支払う。


そして免許停止等の処分を受けることになる。



あらら。これは困った。



免停は仕方がない。



気にかかるのは昨年のこと。



昨年のちょうど今頃、私はスピード違反で捕まっている。


その時も似たようなシチュエーションで会議に向かっていて切符を切られた。



あれいつだっけ?



その時は20キロオーバーくらいで2点の減点だった。



あれから1年経っていれば前歴はなくなって、今回の反則のみで裁かれる。


しかし、1年経ってなければ、2点減点+6点減点で8点。



結果として6点でも8点でも短期免停なのだが、はっきりしたことがわからない状況でこの事実はしんどい。



「急いでましたか?ここは40キロですからね。事故を起こしたら急いでも何にもなりませんからね。」



くそう、言われんでも知っとらいむかっ(怒り)



悪いのは自分だとわかっちゃいるが、腹が立つ。





会議を終え、職場に帰って昨年度の手帳を見てみた。



自分への戒めにその時の切符を挟んでおいた。




反則期日:7月4日




わーい(嬉しい顔)



364日~ハート達(複数ハート)



1年経ってね~ウインク



今回のメッセージ、キッツイっすね神様ぴかぴか(新しい)




いいかげん同じ過ちは犯すんじゃね~よむかっ(怒り)ってことですね。

はいわかりましたすみませんバッド(下向き矢印)

2007-07-04

ぴかぴかに生きる




少し前に電話があった。


「しましまさん、今年もテコンドー部のOB会を開きたいんですが、日程はどのあたりがよろしいでしょうか。」


お、もうそういう季節か。


大学テコンドー部のOB会である。


我がテコンドー部。正式な部に認可された団体としては国内でもかなり古い部類に入る。


恐らく5番内であろう。



私は現存のテコンドー部のOBではない。



私が始めた当初は全く非公式な愛好会であった。


活動の実績を1年つくり、大学とサークル協議会の認可をもらった。


その後、私の意志を受け継いだ者達が同好会から部への昇格を成した。


どうしてテコンドーだったのか?


答えは以前書いた。

http://www11.ocn.ne.jp/~miyakoae/tamashiih18-3.html#keizokunookurimono


とっかかりはそういうことなのだが、未だに続けているのはありがたい出会いのおかげ。


すばらしい師に出会い、良い後輩に恵まれた。


毎日が楽しかった。



別にテコンドーでなくても良かった。



お花でもお茶でも合気道でもボクシングでも。



たまたまテコンドーだったというだけ。


それ自体のテクニックは勝つうえで必要である。


が、技術を伝えることは手段であり、目的ではない。

テコンドーという技術を手段として、自分を磨き、そして人の道を伝えていく。



「これが道だ。」


そう教えられた。

現在、日本ではテコンドーをカタカナで書く。

テコンドーのドーは道(どう)である。て(足へんに台←日本には無い感じ)こん(拳)どう(道)と書く。


人の道。



私はこの教えを大学から地元に持ち帰り、道場を開いた。



あれから15年。



現役の練習を見せてもらった。


がんばってるじゃないか衝撃


OBがコーチをしている。OBコーチは2代目。


初代、2代ともテコンドーバカ。


24時間テコンドーのことを考えていられるヤツらである。


今も部を後輩達を支えてくれている。


練習が終わり、少し学内を散歩してみた。



写真は大学内メインストリート。


メタセコイヤがなつかしい。


それから農学部キャンパス。


コチラは改築され、豊(みのり)様が当時の面影を残すのみ。



なつかしい。



心にじんとしみ入る光景である。



ここに私の青春があった。


6時からOB会。


OB会は社会人となったOB達が現役生を技術面や経済面でバックアップするために組織した。


発起人は私。


私が会長で私より先輩はいないので、私が飲まされることはない。



「自己紹介させて頂きマ~ス!」



持っているグラスの酒をきゅーっと飲み干し、出身校と大学の所属と初心を腹から突き出す。


他の客が居ようが居まいがお構いなしで大声を張り上げる。


所謂一気である。



おおおお、久しぶり見た。



新人達がそれぞれ自己紹介をしてくれた。



こういうコトをさせてよく後輩を潰していた。


そうして自然と上下の関係や信頼が深まっていった。


私が主将を引き継いだ初代部主将は、私が4年の時の1年である。

年上の部員もいた。


上下関係のことや主将という立場にかなり悩んでいた。


主将とは孤独なものである。


辛いこともあるが、主将にしかできない経験もまた多分にある。



その悩みをくんで私は鬼を装った。


もともとそういうキャラじゃないんだが、悩んでいる後輩をほっとくわけにはいかない。


恐ろしいOBとして新入生や現役生を潰していった。


おかげでダーティなイメージが定着してしまったようだ。


今ではハラスメントの一つだという。


いいか悪いかは知らない。


が、今もこうして伝統は引き継がれている。



今年の新人は5人。




4月の時点では10人以上いたが、耐えきれず今の人数までしぼられたらしい。


毎年そんな感じ。



がんばれよ!



私が新人達に言いたいことは一つだけ。



「大学の4年は長いようだけど、なんとなく過ごしているとなんとなく終わってしまう。気が付けが卒業で『あ~あ、もっと遊んでればよかった。』とか呟いたりするもんだ。俺は1年から2年の終わりまでひたすらに合コンをやった。毎週やった。楽しかったが、空しさしか残らなかった。そういう時に始めたのがテコンドーです。おかげでテコンドー部ができたし、今日みんなとも会えた。なんでもいい。テコンドーじゃなくてもいい。なにか一つ、俺はこの4年間でこれだけはやった!そういうものを作って欲しい。そのことはあなた方の人生に大きく影響します。」



なんでもいい。何か一つ。



やりたいことはいろいろあったけどバイトが忙しくて、とかいうのがもったいない。



せっかくの4年間。青春まっただ中の4年間である。



バイトして金貯めるなら半端やらないで日本一の金持ちを目指せばいい。


半端せず、全うせよ。


私はそのことに気付くまで2年かかった。



やった合コンは3ケタ。



未だにその後遺症が残る。



ぴかぴかの4年間を生きて欲しい。

2007-07-02

人間の匂い

学生時代通っていた道場の先生を尋ねた。



私が学生のころ、この先生は恐ろしかった。


週刊劇画に出てくるヤクザのオヤジをそのまま実体にしたくらいの迫力。


見た目もコワイがケンカも滅法強かった。


恐らく腕っ節の強いのに4,5人囲まれてもケロリとして皆を倒してしまうだろう。




そういう人だった。


怖かったのだが、私が武道を歩んでいくきっかけを作ってくれた人物である。


本当にお世話になった。


この人なくして私の人生は語れない。この出会いが大きな岐路となった。


このおとろしい先生に会わなかったら恐らく私は高校理科の先生になっていただろう。


「厳しい優しさ」


これが口癖だった。


私はこの人物に育てられ、それに応えようと奮闘したものだ。


一生懸命練習した。



技術云々よりも組織や人間関係、人の道を学んだ。


道場破りに行ったこともある。



大学で私が練習を始め、実績ができ、大学に団体として認められた日、その報告を心から喜んでくれ、褒めてくれた。そのことが嬉しくて仕方がなかった。


男が男に惚れ込むとはこういうことなのか、と思った。



今から15年前。




月日は流れた。あの当時の先生は今の私よりも若かった。


前にあったのは4年前。


この間より、人間に丸さを感じた。



流石に孫ができ、おじいちゃんになるとこんな風になるのだな、と思った。



1時間ほど話をして失礼した。




生徒の頃は、とても近づけない、そういう人だった。



私も道場を持ち、生徒をとるようになってからなんとなく、あの時先生はこういう気持ちだったのかな、とかあの時はきっと今の俺と同じだろうなとか少しあの頃の先生に近づいてきた気がした。


車まで見送りをしてくれた。


玄関を出る時に1人の若者とすれ違った。


すれ違いざま


「あ、少し待っててくれないか。」


見たことのない青年。年の頃は22、3歳。


見覚えはない。



道場の生徒なら私に紹介するだろうが、そういう雰囲気でもない。



「どちらさんですか?」


私から聞いてみた。



「あ、あのな。娘の彼氏や。」



「おおおお!先生、そんじゃ今から『お父さん、娘さんを』とかやるんですか!おほほほ。それはたいへんですねぇ~わーい(嬉しい顔)

命知らずな青年である。


「おお。もういやでな。最近ずっと逃げ回っとうぞ。」


ははは。


息子2人は先生がクシャミしただけで正座していたが、この先生、娘さんには滅法弱かった。



娘が嫁に行く、という瞬間。父親にはかなり堪えると聞く。



そうか、コワイか、この人でも。





人間の匂いがした。









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しま・しま

Author:しま・しま
土からつくるここだけ芋焼酎「たばらそだちプロジェクト」を立ち上げました。土と食、命がつながるといいなと思います。

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