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2007-08-23

情報(マイミク山岳部限定)

私には9つ歳の離れた妹がいる。

一昨年結婚して今は北九州に住んでいる。

仕事が終わり片付けているとメールがきた。

「高校の同窓会北九州幹事会にまた引っ張り出されて、市役所で働いてる11歳上のミヨシって人と話してたら、たかし君とよく飲んで親しいって。たかし君、年上の女と結婚して○×町のマンション買ったらしいやん。○×町のマンションって、うちしか思い浮かばんのやけど・・・。」

たかしくんとは幼稚園から高校まで一緒だった。

高校時代、仲違いしたこともあったが、私の最も古い友達の一人である。

何年か前に病気で休職していたので心配していた。一度、久しぶりに会おうと約束したが待ち合わせには現れなかった。

それっきり。

そうか、元気になったのか。

仕事にも復帰していることは人つてで聞いていた。

今年、ぶどうを売っているとお客さんから「たかしくんが結婚して北九州のマンションに住んでるよ。籍だけ入れて式はしてないみたい。」と聞いていた。
ヤツらしい。

持ち前のマイペースさで、格式を重んじる母上に小言を言われながらも動じず過ごしているのだろう。

またそのうちお祝いでも贈ってやろう。


妹のメールで引っかかったのがミヨシさんという名前。

「そのミヨシさんて山岳部やないか?」

「兄貴の話したら『じゃあ村口とか知っちょんやないやか』って言われたと。」

うひょ~♪米のムラグチさん♪

ムラグチさんは2こ上の先輩。

どういう訳だか米のムラグチ。

会ってみたい!10分だけでいいから。


正確には会ってみたいじゃなくて、見てみたい、である。


兄命令を下した。

「10分だけ会ってみたいから、ムラグチさんの連絡先を必ず入手せよ」

あの人は今!的好奇心。

同じ気持ちの人を6人集めたら1時間。

米のムラグチを囲んで各自10分だけ相手をする飲み会参加する人手~あげろ~!
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2007-08-21

見えない力

中華機炎上 脱出に90秒ルール
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=278075&media_id=2

報道されてないけどね。


いたな。きっと。


ジャックバウワーが。

2007-08-21

後ろ髪

菊池養生園でのセミナーも2日目。

 竹下和男先生のお話を聞かせて頂いたのは今回で7回目になる。

何度聞いてもその取り組みの戦略と戦術に感動する。

先生は言う。「あるのはただ一つです。子供達のためかどうか。」

一つの目標を見据えているからぶれない。迷いがない。



講演の最後にこういうお話があった。

「子育てはどちらの責任ですか?お父さんとお母さんそれぞれ何%でしょう?」

会場で一番多かったのはお父さん50%お母さん50%。

私もこの選択肢に手を挙げた。

しかしきっちり分業や棲み分けをしているようでもそうそううまくはいかない。

お互いのやっていることがかぶっていたりつまらぬ譲り合いでどちらも機能していなかったりするものだ。

「失敗でした、すんません。」で取り返しが着かないのが子育てである。

会場の女性から「お父さん100%お母さん100%だと思います。」

そうなのだ。

わざわざ分業せずに一緒にやったらいい。

片方が気付かないことをもう片方がフォローしてやったらいい。



竹下先生の国分寺中学校では、あえて家庭教育の範疇にある弁当を学校教育で取り組み、家庭には「なにも手伝わないで欲しい」と言った。

冷静に考えれば弁当を作るのは家の台所。弁当は学校ではなく家で作られるので家庭のことなのであり、学校内での教育が本筋の学校が家庭のことまでクチバシを挟むのは越権なのである。


事実、この見解があるから文部科学省は「弁当の日」に市民権を与えていない。

「私たちはゲリラなんです。」

そういって笑う竹下先生。


はっきりとは言っていないが「学校が責任をもってやるので家庭は何もしないでいいです。」と宣したことになる。

先生の話は続く。

大分のPTAが「弁当の日」に異を唱える。

「この取り組みはおかしい。弁当なのだから家庭がやるべきこと。だからこそ全面協力したい。」

学校側が100%責任を持ってやろう腹をくくったことで親たちも立ち上がり、全力で子供達を育もうという機運が醸成しつつあるのである。


かっこいい。




私は4月まで県農政部の普及指導員(旧農業改良普及員)という仕事をさせて頂いていた。

市町村の農業委員や農協の営農指導員という仕事と似ているので混同されることもよくある。

特に農協の営農指導員とはその線引きが難しく、仕事の内容だけを話すと十中八句「農協の営農指導員さんですか?」と言われる。


地域の農業をよくしていこうという目標は同じでただ、所属や組織の成り立ちが異なるだけであるこの普及指導員と営農指導員。

普及指導員は技術指導で営農指導員は販売という棲み分けが存在する。

これは暗黙の了解であり、双方の範疇に踏みいることはタブーとされる風潮が昔からあった。

しかし、今日、農業の問題は9割販売の問題であり、多くの農業問題は生産そのままで売り上げを倍にすればキレイに消えてなくなるのである。

それがわかっていて、技術指導しかやらない。

今年もいい出来でした。収量も申し分ない。しかし!市況が低迷して売り上げはこれっぽっち。

そういう悔しい目を何度となく見てきた。

ダメなんです、ウマイものを品質の良いものを作ってさえいれば売れる時代は終わった。


ならば我々普及指導員も販売を視野に入れた活動を農協の営農指導員と一緒になって考えたらいい。

私はあえてタブーを侵したことで農家のみなさんや農協のみなさんと一緒にいろんな取り組みをさせて頂き、喜びを分かち合うことが出来た。


そのことと先生のお話が重なり鳥肌が立った。

そうだ。そうなのだ。

棲み分けや分業論をかざし、こちらから壁を作ることの愚かさ。

農業問題と教育問題。

目指すべき目標は一つなのだからお父さんとかお母さんとか言わないでやればいい。

農協とか行政とか線を引かずにやればいい。

そして、教育も農業も「命」で繋がる。社会全体で手と手を携えてやるべきなのである。



楽しかったので最後までいたかったんですが、日曜日に福岡でテコンドーの全国大会があったので後ろ髪引かれつつ帰りました。あんまし引かれたのでかなり後頭部薄くなってます。



2007-08-18

入院中

日曜はテコンドーの試合だしねぇ、行こうかどうしょうか考えてたんですがぁ。

やっぱ、来て良かった。

「弁当の日」の竹下先生お久しぶり~(^o^)

ま~元気ぃ?霧島の食育の重鎮、しのぶ姐さん(^0^)

ま!伝説の高取保育園の栄養士さん!


まいど~西日本新聞社食卓の向こう側佐藤弘兄貴(^-^)

おおっと!竹熊先生かわらすお元気そうで(^.^)

食育界の大御所大集合だょ。

その他の皆さんも食や農への関心が高い方々ば~っかし!

これは楽しくない訳がない。

熊本県の菊池養生園に来ています。

公設の診療所なんですが、竹熊先生という名物先生を中心に農と食と命をテーマにいろいろな活動をしていて、そのなかのセミナーに参加したというわけたのである。


夜、夕食を済ませてからみんなで交流会。

自己紹介は一人2分。

時間内に名刺を何枚配れるかが私の今後を左右する。

名刺には10月に出版予定の私の本「読んでもエラくはなれません」のPRを入れた。

30人

自己紹介ともうひとつ。

「一番思い出に残っている弁当は?」

私は、遠足の行きしなに川に転落してズブヌレになった時の弁当をあげた。

皆さんが発表したのは、運動会の弁当、お母さんが作った弁当、自分で作った弁当でほぼ収まった。

何かの料理が絶品だったとか素材が高級だったとか、味や素材の話はひとつも出なかった。

弁当とはそういう特別な日に特別に食べるという性格は確かにあろう。

だから思い出に残るのは味ではなく、状況なのだ、と。

「弁当」という特殊な形態の食物だからそうなのかもしれないというあたりを払拭できない。

その分をさっぴいたとしても、農産物を味や品質のみで差別化を図り、有利販売をする方向性には限界があることが裏付けられた気がする。

何しろ、中まで火が通ってない唐揚げでも、妻が作ったものだから食った旦那がいたくらいだ。

なるほど。

マズければ問題だろうが、このご時世、品種改良が進み技術も数段進歩した。

しかし心に残る食べ物の定義は味や品質にあらず。

これは大きな収穫である。

2007-08-16

うっかりさん

今週は今日出勤して、明日からまたお休み。

熊本県菊池の菊池養生園のセミナーに行ってきやす。


今回セミナーのテーマは食育。

四国の竹下先生が講演をする。コチラは何度か拝聴したのだが、この御仁、カナリ深いので何度お会いしてもその都度発見がある。


それ自体もおもしろいんですけど、そこに集まってくる人達がまたおもしろい。

色んな人と仲良くなれてまた友達の輪が広がります。


早朝から農作業やったりして医は食に食は農に農は自然に~なカリキュラムなんでウチで仕事してるのとあんまし変わりませんが、非農家の人達がどういうことに興味を持つのか見ていて参考になります。


また、家を空けるので今夜は隣町の花火大会へ。



花火を見ていたのは私と妻だけ。子供達はもっぱら出店に興味が集中していたようでした。



あ。



来週火曜日から仕事なんですがぁ。



その次の週って学会発表でしたぞい。



殆ど手つかずるんるん




考えても仕方がないので来週考えよ~っと山羊座

2007-08-16

掟の秘密の秘密

夏。

夏はぶどうの季節である。


ウチはぶどう農家で毎年、夏は家業を手伝う。

ぶどうで育ててもらった。

私は2浪、妹は1浪、弟は中高を県外の私立にいった挙げ句に4浪した。

国公立の大学だったとはいえ、親にしてみればかなりの負担だったろう。

両親は1ヘクタール程のぶどう栽培を生業(なりわい)にしている。

通常、農家は生産したものを農協や市場に出荷し、出荷された農産物は中卸業者を経由して末端の小売店に送られ、消費者の手に届く。

しましまぶどう園が普通の農家と違うのは、この販売ルート。

市場を通さず、直売で売りきる。

道端に直売小屋を建て、そこで道行きのお客に直接販売している。

今でこそアチコチに農産物直売所が建てられているが、ウチの直売所が建ったのは今から33年前。

それからず~っと直売一筋。

そうすることで単価を安定させてきた。

そうでもしなければ、スネにかじり付いた穀潰3匹を養うことなどできやしないのである。

売り手が決めた単価で如何にして売ることができるか。

これがしましまぶどう園経営の原点。

ただし、どこでもあるしろものでは、そうそう売れるものではない。

しましまぶどう園が他との差別化を図るために追求したのは、ぶどうの甘さ。

巨峰では限界がある。

より甘くなるブラックオリンピアという品種を栽培している。

この品種。

かなりのじゃじゃ馬。

栽培にはそれなりの技術が必要である。

さらに甘い果実にするために、しましまぶどう園は考えた。

甘さを決めるのは果実の糖度と酸度のバランス。

糖の割合が高く、酸が低ければぶどうは甘い。

酸は昼と夜の温度差がある程度確保できれば下がってくる。

では、糖を上げるにはどうすればよいか。

植物体において糖をつくるのは葉っぱにある葉緑素。ここが光の力を借りて二酸化炭素と水から糖と酸素をつくりだす。

ならば、樹に葉っぱをいっぱい付けてどんどん光合成をさせれば美味しいぶどうができる、という理屈になる。

問題はその理屈をどう現場で展開するかである。

そういう栽培方法を必死で確立した父。

葉っぱをいっぱいにすることなど簡単じゃないか?そう思われるかもしれない。

ぶどうは棚で栽培する。

棚は2次の平面である。

平面上に平面的に葉を並べても並べられる葉の数は知れている。

通常の仕立てでは総葉面積は棚平面の2.5から3倍。

県の指導機関でもこのへんの重なり具合が理想とされている。

その数では普通とかわりない。

しましまぶどう園では4.5から5倍。

葉を平面に並べるのではなく、枝自体をコンパクトにし、通常平面に伸びる枝を縦向きに伸ばした。

そうすることで葉を平面ではなく立体的に展葉させ、あますところなく日光を取り込む。

重なりあっては意味がないだろうって?

こういう仕立てにすると葉は互いに遠慮しあって斜めを向く。

平坦屋根と波状屋根。総表面積が大きいのは後者である。

強制的にその形へと押し込むのではなく、ぶどうがそうなりたいと願う形がそうだった。

ぶどうの声を聞き、ぶどうのやりたいようにさせる。

そして私達の仕事は「ぶどうの樹が果実を育むお手伝い」なのである。

これがしましまぶどう園の秘密である。


この秘密により、今の私がある。


秘密を暴露してお前ん家大丈夫なんか?って?


大丈夫。

これやろうとするとかなりな技術がいるから。


今年も完売間近。

美味しいのよ。

うちのぶどう。


2007-08-15

掟の秘密

お盆。

九州は8月13、14、15日はお盆といってお墓参りや初盆参りで人が動く。

ピンとこない方もおられるかも知れないが、九州では年末年始やゴールデンウィーク並のイベントなのである。

人々は真夏の先祖供養フィーバーに束の間の非日常を楽しむ。

初盆や帰省にはちょいと気の効いた手土産やご進物をさげていく。
「ぶどう下さい。」

うちにはぶどうしかない。

1キロ1600円。

安くはない。

一見のお客様にはウチの値段を聞いてびっくりして帰られる方もおられる。

無理もない。

スーパーならば一箱980円で売っている。

安くはないが、この価格には訳がある。

大学生の頃、父親に聞いてみた。

「ウチの生活費が○×万円やろうが。それから経費が△○万円、お前の学費がいくらで今年は車を買い換えるからぜ~んぶで□◇×○万円よ。ここで出来るぶどうが15トン位やからさっきの金額をキログラムあたりに換算したらそのくらいの単価になろうが。」

なるほど。

わかりやすい。

そういうわけで、ぶどうの単価が形成されている。

今では我々穀潰3兄妹は独立し、両親二人生活できるだけの経営に縮小しているが、8月から9月の4、50日で年収を売り上げようというのだからやはり忙しい。

需要はやはりお盆に集中する。

幾つになろうが、どれだけ偉くなろうが、12、13、14、15日はぶどうを売る。

弟は歯科医だがこの日ばかりはやはりぶどうを売っている。

妹は去年結婚し、嫁いだ家に従うため放たれた。

これがしましま家の掟。

ふぅ。

今年もお盆が終わった。


2007-08-11

努力の向こう側

上の子は今年6年生。

6年生は小学校6年間のシメとして9月の運動会で器械体操を披露することになっている。

これは私が子供の頃から続いている小学校運動会の恒例メニューである。

この子と同じ歳の私も頑張った。

最初は一人で出来るポーズ。

指示者の笛に合わせて2人組で帆掛舟や倒立、3人組は米俵と徐々に難易度を増していく。


その当時、私はチビで体重もかなり軽かった。


最後のとりではピラミッドの一番上は私。


この日、チビスケはスポットライトを浴びる。



唯一、かっこよくキメられる瞬間なのである。


球技がイマイチだったしましま少年は、もともと倒立等のマット運動を得意とし、この日ばかりは目を輝かせていた。


家族も息子の晴れ姿に大いに喜び、そのことがまた嬉しかった。





「後で練習しようね。夏休み中に出来るようにならなよ。」


食事の後、妻が息子に言った。


息子はなま返事をして部屋に引っ込んでしまった。


どういうことなのか妻に聞いてみた。


9月にある運動会で器械体操をやるのだが、どうしても倒立が出来ないので夏休み中に克服すべく練習をしているのだという。

ちょっと肥満気味な体重を支えられないのか、手の力が弱いのかなかなか上手くいかないらしい。



見てやることにした。

まずはやらせてみた。

手をついて、足を蹴り上げるも足が頭上まで上がる前に落ちてしまう。

すぐに課題がわかった。

まずは腕と頭の位置。

頭が手をついた位置より後ろにある。

これでは足が上に上がらないし、上がったとしてもバランスがとれない。

もう一つ。

蹴り上げる足が曲がっている。

蹴り上げる足は振り子となりそこで生まれた遠心力が足、胴体を倒立へと導く。

が、足が曲がっているとそこまでの遠心力が生じない。



この二つを直してやればなんということはない。


部屋の端に敷布団をマット代わりに練習を始めた。


既にダメダメなフォームが染み付いてしまっていてなかなか矯正できない。

それよりも厄介なのが本人のなかに「どうせ出来ない。」という心が根ざしていた。


これは少し時間がかかるかもしれない。

最初に蹴り上げのフォームを直すトレーニングを椅子に寝そべったままやり、手と頭の位置を注意した。


ある程度やってから私に向かって倒立させた。


だいぶよくなったがまだまだ上がりがたりない。


こちらから足をとりにいき、強引に倒立のフォームに持っていった。

「ほら!できた!やれば出来るやんか!よし、今度は壁に向かってやってみぃ。」


本人も少し光を見つけ嬉しかったようで、表情がキラッと明るくなるのがわかった。

次は壁に向かってやってみる。

壁は手をのばして足をとりに来てはくれないので、さきほどのようにはいかない。


が、あとはフォームを直すだけだから彼に越えられないハードルではないだろう。


がんばれば越えられる。


ひたすら反復練習。

エアコンが効いている涼しい部屋。

息子は汗びっしょりになって努力の向こう側を掴もうと蹴り上げては崩れ、また蹴り上げる。


時計を見ると11時を回りかけていた。



妻が

「そろそろ止めて明日にしたら?」


かなりの時間やっていることに気づかされた。


しかし、ここで止めるわけにはいかない。


教えられてやらされるのではなく、自分で切り開こうとする意志が彼の中で育まれようとしている。


焦らず、じっと見守る。



すこし離れることにした。


居間でテレビを見ていると、ガタンと大きな音がして、息子が飛び出してきた。

どうやらハードルを超えられたようだ。



「出来た!見て!」


顔に自信が溢れていた。


頑張って、結果が出て評価されるという一連の経験が人を育てる。


こういう経験をひとつひとつ積んでいきながら効力を身につけていくのである。


効力とは無力の対義語で、いわば心の免疫力。


これが備わっているとキレたり、変な挫折の仕方をしなくなる。

一生懸命がんばって、その結果を出す。その喜びを味わう。


人間らしさを形成する上で極めて重要な要素といえよう。


彼が努力の向こう側に掴もうとしていたものは単に倒立の技術なのではなく、彼の人生そのものなのである。

2007-08-10

親から子へ

夏休みも後半に折り返した。

ウチの子。



俺の遺伝子を受け継いでいるだけあって、腰を上げるのに暇がかかる。


小学校の登校日は8月6日の1日。



登校日にはそれまでの夏休みの宿題を持って行って答え合わせをする。


ウチの子がこの宿題をほったらかしていた。


明日が登校日だというのに、まったく腰を上げる気配すらない。


妻から言われて仕方なしに机には座っているものの、ゲームをしたり漫画を読んだりしているだけ。




おし。



俺の出番。


「おい、昼からじいちゃんのブドウの直売手伝うぞ。勉強道具もってついてこい。」



嫌がっていたが無理矢理連れて行った。



ウチはぶどう農家で、夏の間このぶどうを道ばたの直売所で販売する。


私が小学校1年の頃から毎年の恒例である。



ここに連れて行って店番をさせながら宿題をさせた。



覗いてみると、算数とか国語とかそれぞれ日ごとに決められた課題はやっているようだった。


それとは別に自主勉強というスペースが日ごとにB5サイズ一枚あり、それがたまっていたのだ。



「菅原道真のことを調べる。」

自分が覚えていることや本に書いていることをまとめていた。

「次は紙の作り方を調べる」


これは俺に聞いてきたが、コウゾという木の葉を使って作るくらいしかわからないので帰って調べるように言った。


「前の道を走ってくる車の色を調べる」


道ばしに座って20分ほど車を数えて、色事の比率を計算していた。


「おじいちゃんにブドウのことを聞いてみる。」


ブドウの味の要素である糖度と酸度の関係などを聞き取りまとめていた。



なかなか発想はいいじゃないか。



あと2日分というところで閉店時間になった。



やればできる。



ちゃんとやるように見ていてやればいい。



帰りがけ私の父と私の会話。



「お前が子供の時は勉強したくないって泣いてたな。『もう勉強せんでいい!』って怒ったら、たちまち走り去って言ったもんな~。普通勉強するな!って怒られたらそこで少しはやるもんだけど。」


俺も勉強が嫌いだった。


親は子に自分の欠点を見つけては罵る。



しかし自分の欠点であるがゆえにその矯正方法を熟知しているのも自分である。



親から子へ。


もう少し付き合ってやろう。

2007-08-09

褒めごろし

ここ1月ほど、今度出版する本がいよいよ大詰め作業に入っている。

この話2年ほど前からあったのだが、私が下手に騒ぐと「んじゃ、自費出版ということで。」とか言ってつけはなされそうなので、あえて受け身でとおした。


2年間ほったらかしてた割りには、いきなし打ち合わせがあって、今週いっぱいで原稿を上げて下さいとか、明後日の朝までに校正までお願いしますとかオーダーが厳しい。


最初は30話くらいで構成する予定だったが、最終的に17話。



なんでーって。



ほら、あたしの文章って行間長いでしょ。



デザイナーのおねーさんがそういうところを何とか紙の上で再現しようとしてくれてて、それで17話。



私のチョイスをたたき台にして検討したんですが、「知力と体力と好奇心」は速攻で落選。

http://www11.ocn.ne.jp/~miyakoae/tamashiih18-9.html#tiryokutotairyokutokoukisinn1


一応、選定基準を考えた。

農業ネタと食育ネタと人となりネタでメッセージのあるもの。

このネタは日活ロマンポルノを見たくて大作戦を企てた高校生の話。


メッセージは「エロへの憧れ」。


男にとっては永遠のテーマなのだが、編集担当中尾ちゃん、20代前半女性だもんね。


その辺力説してると、へんなセクハラオヤジみたいになったので諦めた。



なるべく作品数は増やしたいのだが、ページがあるので部分的に要らないところを削って原稿を提出。



前書きはこないだ田んぼの畦で話をした宇根豊さんにお願いすることにした。


宇根さんに前書き書いてもらったら自然に優しい感じがするぞ!



原稿を事前に読んでもらい、そのうえで宇根さんを尋ねた。


田んぼを見ながら、虫の話、農薬の話、自然の話、百姓の話いろいろな話をした。


最後に前書きをお願いしますと告げると、


「全部読んでから書くからね」


快く引き受けてくれた。


宇根さんは元県職員。私と同じ普及指導員の先輩。


農と自然の研究所代表としてその名は全国区である。
http://hb7.seikyou.ne.jp/home/N-une/


同じ福岡県職員であったが、その枠に収まりきれず、早期に退職し今に至る。


農地・水・環境保全に関わる福岡県や国の農水省の制度はこの人物の影響が大きい。


1人で日本を変えようとしている。


その宇根さんに前書きを書いてもらいたかった。







今朝、原稿がメールで送られてきた。


○型は着せられるものではなく、つくるもの

 仕事はこういうものだ。八時から五時までが仕事ではない。寝ても覚めても仕事だ、という意味ではない。家族、友人、過去そして未来のことまでが、同伴して、仕事につながっている。つくづく幸せな男だ。公と私は切り離せない、切り離した途端に、仕事は労働になり、人生は労働と余暇に分離し、味気なくなっていく。
 歯車の一つになっていく労働ではなく、あくまでも人間の生を込めた仕事をどうつくっていくか、その秘訣がここにはある。文体は軽やかで、ウィットに富み、何よりも情感が深い。県の農政など、霞ヶ関(農林水産省のこと)の下請けだと思っている人に、あるいは公務員なんて自己保身の固まりだと信じている人に、読んでもらいたいものだ。彼は声高に「こころざし」を言い立ててはいないが、公務員は「志」なしに勤まるわけがないことがよくわかる。
 農ほど、カネにならない世界を支え、生み出している仕事はない。このことを、国民に伝える方法は未形成だ。それを彼はマーケッティングを通してやろうとしてきた。売ることは、伝えることである。カネにならないものまで伝えようとするから、「食育」になる。
それも自分の家族や体験を土台にして考えていく姿勢がいい。借り物の理屈ではない。彼の情念が生み出した実績だろう。
 それにしても、人を巻き込んで(巻き込まれたようにして)仕事を広げていっている様が目に浮かぶようだ。彼が出没する村の中は、田畑の中は、即売所は、会議室はまるで
「劇場」だ。そうなのだ。観客も巻き込んで、劇場化したときに、アイディアが形になる。
地方が中央を凌駕し、異端が正統を蹴散らし、少数が多数をリードし、うねりが誕生する。
課題や目標や手法などは、どうでもいい。その場に集う人たちの思いの深さがものを言うのだ。そして断言しておくが、こういう場から五年後には、理論や思想が生まれ出るのである。
 いかん、いかん。この本にふさわしくない重たい前書きになってしまった。ごめん。

宇根豊(農と自然の研究所代表)


妻が見て一言。



「この人大~きな勘違いをしてます。」

2007-08-03

ネーミング

ネーミングやコピーはその店舗や商品の売り上げをおおきく左右する要素の一つである。


こないだ天神を歩いていた時に見つけた占い屋さん。

http://mixi.jp/view_album_photo.pl?album_id=1830687&number=1263537258&page=1


アタール。


いいね。




今までの人生で最も心に残っているコピー。


昔、隣の予備校で販売されていたパン。



「最もおいしいだるまパン」



文句の付けようがない!



今、まだあるかどうかしらないけど私の心にはずっと残っている。


お。


外は台風。今日は早く家に帰ってきて早く寝たら今頃目が覚めた。


風も弱くなってきたな。


寝よ。

2007-08-02

畦に腰掛けて




以前、私より先に公務員を中途退職した「農と自然の研究所」代表をしている宇根豊さんという方がおられる。

彼は「今の日本において、農は自然の一部であり、水田は多くの生き物を育む環境としてなくてはならないものである。そのなかにあって農は環境に負荷をかけず、即ち農薬や化学肥料をむやみに使いすぎるべきではない。虫にもいい虫と悪い虫がおり、殺虫剤を散布するのは、虫の顔を見てからでも遅くない。」という。

今から7年ほど前から仕事上の関係者として面識があった。

しかし、じっくり話す機会は無かった。

彼の家を訪ねた。

「家の中で話すのもなんだから、田んぼの畦に行って話そうか。」

小脇に水筒とござを抱えて田んぼに向かった。


木陰のある畦に腰掛けて話をした。


田んぼの上を滑ってきた風が何とも心地よい。

まず私のみやこ魂を思いっきりほめてくれた。

おほほほほ(^◇^)


無農薬で化学肥料も全く使わない、昔ながらの稲作方法。

話していると隣の田んぼの持ち主が背負い式の農薬噴霧器を肩に颯爽と現れ、おもむろに除草剤を掛けてはじめた。

「宇根さんの取り組みって地域の人達に知られてないんですか?」

「知ってるだろうけど、本質がわかってないんだろうね。善意でウチの田んぼの畦に除草剤を降ったりするんですょ。」



ご近所でもこれはしんどい。

しかし、善意でやってくれているというのだから始末がわるい。



別れ際、田んぼの生き物を紹介してくれた。

写真はコオイムシと銀ヤンマの幼虫。

稲一株にイトミミズが100匹ほど。

稲が水田が命を環境を支えている。そのことがよくわかる。

田んぼの虫たちと、蛙や鳥たちと生きる。


田んぼがはぐくんでくれるもの。


この気持ち良さは金で再現できない。

田んぼの傍らでゆっくりとした時は過ぎてゆくのである。
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しま・しま

Author:しま・しま
土からつくるここだけ芋焼酎「たばらそだちプロジェクト」を立ち上げました。土と食、命がつながるといいなと思います。

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