--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2008-06-30

赤い革命

7月になった。梅雨もあと少しだろう。うかうかしていたらセミが鳴きだすぞ、そういう雰囲気である。

行き帰りの景色を見ていると、おおよそどこの田んぼも田植えが終わったようだ。

田植えは普通、機械植え。


機械で植えるからには、漏れもある。


ちょっと一つ抜けているのが気になるようで、農家はその空席に苗を手植えしていく。


これを植えつぎという。




我々農業の技術者は、普通、「田植えの植えつぎは必要ない」と指導する。


1本植わってなくても、その周りの株が分げつしてその分をカバーするため、秋の収量にはまず影響しないからだ。



今年、私の仕事には水稲の直播栽培の経営評価というのがある。



水稲は普通、苗箱に苗を仕立てて田植え機で移植する。



この苗作りが結構手間なので、ならば直接田んぼに種もみをまいたらいいじゃないの、という技術。


これはいろいろなところでやられている技術なのでわざわざやらなくてもいいのだが、ワケありでやることになった。



基本的に私は何もしない。種をまくといえばそれを見に行って、どれだけ時間がかかったかとか、どういう手順で作業をやっているかとかを記録する。


つい先日も水稲の担当者がその田んぼに行くというので付いていった。




芽立ちも上々で、初期成育に問題はなかった。


このまま行けば何も問題はない。


先月中旬の大雨。



少し様子が変わった。




田んぼは綺麗に水平のようで実はでこぼこができる。



ある懸念から、水を抜いて少し渇き気味にしていた。



ジャンボタニシ。


正式名をリンゴスクミガイというこの巻貝。


昔、食用として輸入された。ヤマサザエとかいって養殖されたが、定着はしなかった。

悪いことにそれが野生化して水田に入り、水稲の稚苗を食ってしまう。

薬や対策がないので、農業界ではかなりの厄介者なのである。



図体がでかいので、水があるところしか活動ができない。



そういうわけで、水を落とし、やつらを封じ込めておく作戦。



しかし、水口や少し低いところには水がたまっている。



大雨前にはいなかった。


が、雨によりどこからか運ばれてきたと見え、いるはいるは!



でもって、ばりばりと苗を食ってるじゃないの!!!



写真


つい最近登録された薬は2回まで使える。



たまらず2回散布し、なんとか食い止めた。



苗が5葉くらいになれば硬くなってやつらの歯が立たなくなる。



なんとかなった。



しかし。



食われたところはそのまま欠株・・・。


写真



見た目わりぃ~あせあせ(飛び散る汗)



たまらず、植えつぎをする担当。

写真


私も手伝った。



こちらが設定した株数以上の苗が立っていたので、多分、そのままにしても収量はそれほど影響しないだろう。



でもね。



かっこわるいのよ。



収量とかなんとかじゃなくって、見た目、気持ち悪いの。



「植えつぎしても同じだからやめましょう」なんて言ってもね。



聴きませんよ、そりゃ。



そういう気持ちがよくわかりました。


スポンサーサイト

2008-06-25

二人の距離

今日は地元小学校の子供たちと田植え。いつもお世話になっている地元とのふれあいとせっかく試験場があるんだからということで毎年やっている行事である。



細長い田んぼに横一列になって稲の苗を植える。


30cmの目盛が入った紐を少しずつずらしながらそれにあわせて植えていく。


今日は県庁の偉い人や県議の先生もお見え。



子供たちにそんなに挨拶ばっかり聞かせてもねぇ・・・。



そ。


スタンドプレーなんですよ。うちの。



やっているということを見せてるの。



そういうところはいいんですけどね。



もう一方お客様ハート達(複数ハート)




フレッシュレディハート



早乙女姿がかわいらしいるんるん



こういう農業関係のイベントのときに時々やってくる。



フレッシュレディは3名いる。公募からミスコンで3人選ばれる。



田植えで私は田植えのやり方を子供たちに見せる、田植えスペシャリストと子供たちがちゃんと植えているかを見る役。


とはいっても、私も田植えなんてしたことない。



2、3行行ったところで、部長がリタイヤ。



「しましまくん、頼む」



むかっ(怒り)



最後まで行かないの・・・・?まったくもう。



ひょいと田んぼに入るとお隣はフレッシュレディさんハート



あらまハート達(複数ハート)いいんでないのexclamation ×2



時折お話しながら二人並んで田植え。


ま~楽しハート達(複数ハート)




あれ?フレッシュレディさん。



苗の列が歪んでるよ。俺から離れていく方向に・・・。



あ。



うっとうしかったっすか隣でおっさんがぺらぺらしゃべるから・・・。


レディさんが植えた苗を目で追うと、微妙に私の列から離れているのがはっきり分かる。


「ふ、二人の距離が・・・。」


二人の間に溝が!


わはははは!







1時間ほどで田植えは終わった。


子供たちが植えたところをみると

写真



なんとも頼りないが、2週間もすれば田んぼらしくなるだろう。



子供たちに目をやると


写真
写真


はははは!



楽しいよな!泥遊び!



一人の子供が聞いてきた。



「おいちゃん。今日僕が働いたの、お金にしたらいくらぐらい?」





お。我輩を経営マーケティングチーム研究員と知っての狼藉!!!



小学5年生にもなると言うことが違う。



「そうね、君一人で5円くらいだな」



「え~!たったの5円?いっぱいがんばったのに!そしたらどんだけしたらお金持ちになれるん?ものすごくいっぱいしないとだめなの?」



そうだね。


田植えだけで金持ちになろうとするアプローチが子供らしい。




田植え機を使った作業請負で10aあたり3000円くらいが相場の高いところ。



今日植えた田んぼは1aくらいだから、全部で請負料が300円。


全部で60人の子供たちがいたので、300円÷60=5円也。



いいところに目をつけたな、小僧。



今の感覚を忘れなければ大丈夫だ。



また会おうな。


終わって、フレッシュレディに目をやると、偉い人たちと記念撮影をしていた。


あ!


「フレッシュレディ」と書かれたキラキラのタスキを持っている。



あれを俺が肩にかけ、フレッシュレディと記念撮影!


これミクシィのネタになる。



いこいこ!!!



と足が動いた。



まてまて。



これだけ偉いおっさん達がいるなかでそういうことをしたらまた、部長やらなんやらに怒られる。


偉い人たちが引けるのを待った。



残念ながらレディさんとお偉いの行動は同じ。



記念撮影ならず。



残念。



でも、田植えしている写真はある。


写真

2008-06-25

あなただったらどっち!

写真

さて、男性のみなさま。


どっち?


ですよね~(^w^)


でも。


キューバでは右なんですよ。



ところかわれば、また嗜好も変わります。



それから。


私のようなちち派は希。

この国は絶対的にしり派が支配する。


男達の視線はヒップに集中するのである。

街中で男達が通り過ぎる女性の尻を視線で焦げるんじゃないだろうかというくらい追っているのを何度も見た。

通訳さんに尋ねると、こちらではごくごく当たり前のことで、むしろ見入るのが礼儀なのだという。

そうですか。


礼儀なんだからしかたがぁない!


郷に入れば郷に従え、である。


仕方がない。


見るか。



努めて見た。


見ていると、段々と自分がしり派なっていく。


おおお!



俺も…。



…左。





もう一つ。

こちらは美男美女だらけ。


でも、スタイル的に「おしい!」が多い。


日本では、猫も杓子もダイエット。

特にお腹。

ぽっこりお腹を解消するためには手術をもいとわない。


こちらの女の子。


どういうわけだか、お腹ぽっこりは気にならないようで、それ以外はパーフェクトなのにぽっこり。

見ていると段々慣れて気にならなくなってきた。


気にしすぎだな、日本人。

きっと。

2008-06-23

どちらにする?



写真

さて、男性のみなさま。


どっち?


ですよね~(^w^)


でも。


キューバでは右なんですよ。



ところかわれば、また嗜好も変わります。



それから。


私のようなちち派は希。

この国は絶対的にしり派が支配する。


男達の視線はヒップに集中するのである。

街中で男達が通り過ぎる女性の尻を視線で焦げるんじゃないだろうかというくらい追っているのを何度も見た。

通訳さんに尋ねると、こちらではごくごく当たり前のことで、むしろ見入るのが礼儀なのだという。

そうですか。


礼儀なんだからしかたがぁない!


郷に入れば郷に従え、である。


仕方がない。


見るか。



努めて見た。


見ていると、段々と自分がしり派なっていく。


おおお!



俺も…。



…左。





もう一つ。

こちらは美男美女だらけ。


でも、スタイル的に「おしい!」が多い。


日本では、猫も杓子もダイエット。

特にお腹。

ぽっこりお腹を解消するためには手術をもいとわない。


こちらの女の子。


どういうわけだか、お腹ぽっこりは気にならないようで、それ以外はパーフェクトなのにぽっこり。

見ていると段々慣れて気にならなくなってきた。


気にしすぎだな、日本人。

きっと。

2008-06-22

キューバペソ(CUP)の生活

この国には、キューバペソ(CUP)と兌換ペソ(CUC)が流通していることは前に話した。


ガイド本を見ると、「日本円は容易に交換できない」とある。


確かに銀行やホテルのフロントでは両替できるところが少なかった。


が、両替所に行けばできないことはない。



外貨の使用が禁止されているこの国では、外貨を兌換ペソに両替して使用することになる。


こちらへ来て、レストランやホテル、買い物と私が使ったのは兌換ペソである。


しかし、CUPの方の生活が気になる。


1CUC=25CUP。


国民の生活ぶりとはどういうものなのだろう。


通訳さんと会ってまず行ってみたのが自由農産物市場。

写真


各エリアごとに野菜や肉、弁当を売る公設の市場があり、そこでこれらの食料品を購入することができる。

写真

カメラを向けると陽気に応じてくれる。

一般国民用で使用されているのはCUPであるが外国人も野菜や果物を買える。

写真

写真

写真

写真



野菜や果物の値段は3CUPとか5CUPという値札が多かった。10円とか20円の価格帯のようだ。


野菜や果物は、野菜フェリアや日曜野菜市でも購入できる。

写真

写真

写真

旧市街などの指定されたとおりで立つ市で、大目のネットで生鮮が売られている。ドバッと一週間分買いにくるお客が多い。



最初に書いた自由市場でもそうだったが、肉の販売に冷蔵庫
がない。

露天で炎天下、平然と肉が裁かれて売られていた。
写真
豚も笑ってら・・。


この日のうちに売れてしまうからいいのだそうだ。


豚肉や牛肉はこういう市場で、鶏肉だけは配給で手に入る。



市場の広場で、100円ライターにガスを充填するおっちゃん発見。

写真

物資不足の砌、ものを大切に使うのはこの国のいいところ。




カフェテリアで弁当を買ってみた。
写真


一食CUP
写真

写真


写真はぶた定とハム定。肉の下にインディカのライスがある。

飲み物は粉ジュースである。

写真

デザートにプリンが売っていた。容器はビールの缶を半分に切ったもの。


悪くなかった。



穀類や砂糖、塩、鶏肉などの生活必需品は隣にある配給所で購入する。
写真

写真

写真


配給所には入荷したもののリストが黒板に書き出されており、キューバの人は配給帳を持って入荷している品物を受け取りに来る。


配給される品物も売買であるが、きわめて低い価格設定である。


写真を見るとARROZ(米)0.25CUP、つまり1円。FRIJOLES(豆)は0.8CUP。




大体、1万円から2万円あれば1月生活できるという。



ちょっとゴミ箱が気になった。


有機農業等へのリサイクルや資源循環型社会を目指すとなれば、当然ごみ箱の中が気になる。


2、3箇所でゴミ箱の中身をのぞいてみた。

写真


あらら、ごちゃまぜ。



どこも分別をしているふうではなかった。




食料品以外の衣料や生活雑貨はどうなっているのだろう。



聞いてみた。



デパートのような施設はあるがそれは外人用。



街にはキューバペソの商店があり、国民はそこで買い物をする。

写真

外国人が歩いていてもよくわからないような地味な店である。



一般に外から見てお店ですよ、レストランですよ、と一目で分かるような店構えだとCUCの店、そうでなければCUPというのがおおよその目安のようだ。


CUPのお店に案内してもらった。

写真

写真


品数は少ない。

写真

写真

この日はちょうどトイレットペーパーの特売の日らしく、多くのお客さんが列を作ってトイレットペーパーを購入していた。


写真

写真


ショーケースには靴や衣類、鍋などが販売されていたい。
写真


カメラを向けるとなんとかかんとか言いながら女性と絡みたがる。


これ、この国の悪いくせ。



奥には古着コーナーもあったが電化製品はほとんどなかった。



家電は国外製がほとんどのため、外貨である。



ということはCUCの流通、ということになる。



貨幣が二つ。


なかなかややこしいのである。



家は国から与えられ、医療、教育は只。



年間の平均所得が20~30万円と聞いたが、なるほどそれで十分生活できるということがわかった。



最低の生活は保障されているのだからそれほど貯蓄や老後の設計を心配する必要なく生きていけるのである。


1956年、この国で革命が成立し、カストロ政権が誕生した。アメリカの経済封鎖や後ろ盾ソビエトの崩壊。社会主義国として多くの問題に直面しながらも独自のスタイルを守り続けてきた。


この国の成り立ちだからこそ起こりうる、日本と異なるある価値観を私はひとつ見つけた。

写真

写真




そのことはまた後ほど。

2008-06-21

誰かハシゴもってきて

日本大使館が入っているビルのトイレ。


この国では、俺、生理的欲求を満たすのにハシゴか竹馬がいる。



写真

2008-06-20

長い夜

エクトルさん宅からマタンサスまでは行きの白タク。


運転手はヘスス26歳。


ここでの宿は、白タク運転手ヘスス君のダチに探してもらうことで話がついていた。


56年式シボレーの窓から見える風景は、マラブーと呼ばれるトゲトゲのある低木で形成された藪。





遊休農地はすぐにこのマラブーが占有するのだそうだ。


若芽のときは家畜が食べるほど柔らかいのだが、いったんでかくなるとイガイガのトゲトゲになり、重機でないと取り除けないのだそうだ。


マラブーの平原から海岸線に出てしばらくすると、マタンサスの街である。


マタンサスとは直訳すると「大量殺戮」を意味する。



詳しくは聞かなかったが、もともとこの島にいた多くの原住民がスペイン人に殺された場所からその名前になったとか。



なんとも気が重い地名である。



駅につくとヘススは私たちと車を置いてカタワレを探しに行ってしまった。


ゴリさんの人柄もさながら、ヘススも俺たちを信用しきっている。



こちらに来る前にネットでこの国の治安について調べてみたが、換金詐欺や夜道の強奪事件が記述されていた。


これを読んで安心されると困るが、基本的にこの国の国民性はかなり高い。

白タクなどの外貨を稼ぐ輩はいるが、これは資本主義が持ち込んだ手垢であるが、誰も困らない範疇である。

みんな陽気だし、人をだましてやろうという悪いやつには一人も会わなかった。



ヘススが帰ってきた。


カタワレが見つかったようだ。



写真



このマークは国公認の民宿。


数年前までは外国人はホテル以外に宿泊することが許されていなかった。


軽い気持ちで民家に泊まると、とめた家主が罰金刑を受けることになっていた。


最近、観光立国政策を前面に出した関係上、申請をすれば部屋数や席数の制限はあるものの、民宿やレストランも自宅で営むことができるようになったらしい。

写真


この宿の主人。



通訳さんは見た瞬間、「この人ホモね」と決め付けて疑わなかった。



ツインで20CUC。

一人千円ちょっとである。



お。



この国初のお得感!




このお得感には後に思い知らされることになる。




少し待ちの中を散策した。



街のどこからも海が見えるのどかないい街である。

写真


夕刻、男女二人連れがケーキをお盆にのせてふれ売りをしていた。


とおりにはじっちゃんが歯磨き粉を持って、こちらに見せている。


時々布で磨いているところを見るとどうやら売るつもりらしい。


じっちゃんに歯は無い。



この国では生活必需品は配給である。



じっちゃんは歯磨き粉がいらなくなってからも配給できたものは拒まず受け取り、こうして売って小銭を稼いでいるのだろう。


高齢の女性が同じように生理用品を売っていることもあるという。



近くのレストランで夕食を済ませ、民宿に帰った。

写真

帰りにチェス道場があったので寄ってみた。


この国のいたるところにこの方がおられる。

写真


チェゲバラ。

この国の革命首謀者で英雄。



宿に戻った。



部屋はくぼ地にあって、玄関から階段を下りていったところにある。



少し風邪気味だったので早く寝ることにしたが、時差やら暑いやらで眠れない。



電気を消してからも少し話してこの国であったことをつまんで話てはくくくと笑った。


そうこうしているうちに、すっと眠気が差した。



ほんの2、30分寝ていただろうか。



咳で目が覚めてしまった。


友人も暑さで眠れないと見え、窓を開けようと起き上がった。


窓の格子を開けると、ビカ!っと真昼間のような閃光が部屋の中を照らした。



わー。


驚いて窓を閉める。



睡眠をとらなければ明日からにも響くので必死に寝ようとしたそのとき。



いきなり大爆音のテレビの音。



わー。



なんなんだ!この宿は!



ちょっと、俺行って文句言ってきます!


そういい残して部屋から出た。



民宿と隣り合わせの部屋のジジイがテレビを見ているようだ。



時間は夜中の2時前。



そらどこの国でも非常識やろうが!



スペイン語は分からないが、とにかく音をさげろと文句を言った。



シーシー。OK!OK!


こちらが拍子抜けするほどあっさりとボリュームを絞ってくれた。



そんなら言われる前にやれ!



まったくもう!

先ほどのホモ主人は、別のところに住んでいるようで夜はいないようだ。



もうひとつ。



あの閃光のもと。



どういうわけだか私たちの部屋をサーチライトが照らしている。








なんやわけの分からぬ仕打ちと眠気があいまって、やたらと腹立たしい。



サーチライトを先ほどのジジイの部屋に向けてやった。




よし。これで眠れる。



部屋に入ろうとすると、ドアが開かない。




・・・・。



オートロック。




締め出された。




わー。



窓越しに友人に声をかけてあけてもらった。




危うく野宿するところだった(汗)




危ない危ない。


それよりも何よりも文句を言った手前、ジジイの厄介にはなりたくない。



ベッドに横たわり、再び窓を開けるとかすかに風が動いた。



これでいい。エアコンはあるのだが、やたらと効きすぎるので風邪を悪化させる。


自然の風があれば十分寝られる。



少し汗ばんだからだを風がなでていく。



いい感じだ。



ぷーん。



あれ?


ぷーん。





蚊?



蚊じゃねーの!




どわー!



蚊がいっぱい!


窓しめよう窓!


あちー!


ベッドはじっとり。



どこまで辛いんだ!この宿は!



二人とも朝までほとんど一睡もできなかった。



朝日が差し込んだ部屋。





二人は起き上がり、深いため息をひとつ。




「過酷な一夜やった・・・・。」


顔を見合わせて言った。



朝、気を取り直して散歩。

写真


海沿いの道にでると、大勢がヒッチハイクをしていた。


海岸には廃材やごみが散乱しあまりきれいではなかった。



ごみも時折、街中に捨てられているのを見た。



本に書いているとおりにはいかないわな。



そういうところが返って人間くさくていい。


宿に戻ってマンゴーをひとつ食った。



時間になるとヘススが迎えに来てくれた。


今日は世界屈指の海岸、バラデロビーチで泳ぐ!



なが~いビーチ。


外国の女性は何の躊躇も無くビキニを着るんだな。おそらくここに来てワンピース着てるほうが恥ずかしいんじゃないかな~などとパラソル下の日陰から絶景を眺めていた。


おし!泳ぐか!


寝不足のまま、やけくそで泳いだ。



わはははは!


風邪は無論、悪化した。

2008-06-20

勧めるか止めるかどっちか

「こないだ、バイト先の人から男の人を紹介してもらったんですよ。」


女性の友人。私のほかに男性2人が彼女の話を聞いている。


「一回会ったんですけど、あんまし話さないし合わないな~と思って。」


「で、ごめんなさいしたの?」



「いや、今度お食事でもってなったんですが、なんか断れなくて・・・・。でも断ればよかった。」



こういう時、周りは「きっぱり断んなさい」とは言わない。



隣の男性「どういう縁につながるか分からないからね。そのお食事に行く途中に事故にあったりしてそこにイケメンが現れて恋が始まるってこともあるかもよ」



わはははは!



「美味しいものをおごってもらったって割り切ってさ」



ひとごとだと、人は極めて無責任である。




今日の夜8時にミニストップの駐車場で待ち合わせなのだという。



8時という時間は大人だね。



でも、ミニストップは高校生みたいだ。




前回もそうだったのだが、話が続かない。



それならばと、男3人が要らぬレクチャーを始めた。



こちらで少し話題を用意しておいて、それで盛り上がらせよう。




しかし出てくる話題がどれもシモネタ。



日本は亀甲縛りとか縄を使うが、西洋では皮の器具を使うやろ。あれは罪人を拘留する時もそうなんけど、日本は縄で西洋はやっぱり皮やね。


どっちが好きですか?って聞いてみて。



とか。




最初にウオシュレット使った時、性的興奮を覚えませんでしたか?って聞け。


とか。




途中で話題プレゼンがエロビデオ借りるときの話になったりして、結局まじめには考えてない。



ほぼ面白がっている。




「デート終わったら、すぐ報告しなさいよ」



そう伝えると彼女は帰っていった。




9時25分に彼女からメールが来た。



「事の顛末は今から家に帰って日記に書く。この怒りを誰にぶつけたらいいの!」



という感じの勢い。



あ。



やっぱり合わなかったのね。




前回会ったときに話が続かず盛り上がらなかったというのはあちらも分かっているんだから、今回は対策練るだろう、普通。考えるヤツだったらさ。



まぁハート達(複数ハート)前回無口だったのに、今日のために一生懸命しゃべれるようにがんばったのね!すてき目がハートとはならなかったようだ。



そういう風にはならなかったのか、と聞くと



だいたい人って10分も話せば自分と会う人かそうでないかってのはわかるやろ?別に口下手が嫌ってワケじゃなくてあなたとのこの先がイメージできないからよむかっ(怒り)って会ってる間中思っていたそうだ。



止めたほうがよかったのだろうか。




紹介してくれた人もいるわけだけど。



彼女には過酷な夜だったようだ。



実際、こういう時、勧めるか止めるかという選択はかなり悩む。


今回は勧めなかったが止めもしなかった。


すんだことはしがたがない。時間は戻せないのだから。


明日、お菓子でも食べながら3人でゆっくり話を聞いてあげよう。

2008-06-19

ゴリさん その2

「こないだ、バイト先の人から男の人を紹介してもらったんですよ。」


女性の友人。私のほかに男性2人が彼女の話を聞いている。


「一回会ったんですけど、あんまし話さないし合わないな~と思って。」


「で、ごめんなさいしたの?」



「いや、今度お食事でもってなったんですが、なんか断れなくて・・・・。でも断ればよかった。」



こういう時、周りは「きっぱり断んなさい」とは言わない。



隣の男性「どういう縁につながるか分からないからね。そのお食事に行く途中に事故にあったりしてそこにイケメンが現れて恋が始まるってこともあるかもよ」



わはははは!



「美味しいものをおごってもらったって割り切ってさ」



ひとごとだと、人は極めて無責任である。




今日の夜8時にミニストップの駐車場で待ち合わせなのだという。



8時という時間は大人だね。



でも、ミニストップは高校生みたいだ。




前回もそうだったのだが、話が続かない。



それならばと、男3人が要らぬレクチャーを始めた。



こちらで少し話題を用意しておいて、それで盛り上がらせよう。




しかし出てくる話題がどれもシモネタ。



日本は亀甲縛りとか縄を使うが、西洋では皮の器具を使うやろ。あれは罪人を拘留する時もそうなんけど、日本は縄で西洋はやっぱり皮やね。


どっちが好きですか?って聞いてみて。



とか。




最初にウオシュレット使った時、性的興奮を覚えませんでしたか?って聞け。


とか。




途中で話題プレゼンがエロビデオ借りるときの話になったりして、結局まじめには考えてない。



ほぼ面白がっている。




「デート終わったら、すぐ報告しなさいよ」



そう伝えると彼女は帰っていった。




9時25分に彼女からメールが来た。



「事の顛末は今から家に帰って日記に書く。この怒りを誰にぶつけたらいいの!」



という感じの勢い。



あ。



やっぱり合わなかったのね。




前回会ったときに話が続かず盛り上がらなかったというのはあちらも分かっているんだから、今回は対策練るだろう、普通。考えるヤツだったらさ。



まぁハート達(複数ハート)前回無口だったのに、今日のために一生懸命しゃべれるようにがんばったのね!すてき目がハートとはならなかったようだ。



そういう風にはならなかったのか、と聞くと



だいたい人って10分も話せば自分と会う人かそうでないかってのはわかるやろ?別に口下手が嫌ってワケじゃなくてあなたとのこの先がイメージできないからよむかっ(怒り)って会ってる間中思っていたそうだ。



止めたほうがよかったのだろうか。




紹介してくれた人もいるわけだけど。



彼女には過酷な夜だったようだ。



実際、こういう時、勧めるか止めるかという選択はかなり悩む。


今回は勧めなかったが止めもしなかった。


すんだことはしがたがない。時間は戻せないのだから。


明日、お菓子でも食べながら3人でゆっくり話を聞いてあげよう。

2008-06-18

ゴリさん

写真
写真
オルガさんの農場


オルガさんの農場からJICAのオフィスに向かうため、タクシーを捜した。


JICA(ジャイカ)「Japan International Cooperation Agency」の略で、正式名称は「独立行政法人 国際協力機構」。政府が開発途上国に行う技術協力や資金援助(ODA)のうち「技術協力」分野を担う中核的実施機関として「紛争」「貧困」「環境悪化」「人口増加」「食糧不足」「教育格差」「ジェンダー(社会的性差)」など、さまざまな問題を抱えている途上国の課題に取り組んでいる。


キューバでもJICAが活動している。主食である米の種供給システムの構築を行っているのだそうだ。ここ数年で国内の現状と課題の把握を行い、これから実施する段階に入ったのだという。


そうか。がんばっているのですね。


そのJICAが各国の技術者等を日本に招きわが国の農業技術を研修してもらうタイプの技術支援もあり、主に筑波の施設で行われている。


そこで桂川町の古野隆雄さんが講師として数人のキューバ人技師に水稲栽培の指導を行ったのが縁となり、キューバで年1回開催される稲作会議で合鴨農法について発表することになった。


この発表の付き添いの付き添いでの渡航だったのだが、古野さんがドタキャン。

発表しないのならば会議に出席する理由が無くなってしまった。


だって。


スペイン語の発表聞いても分からんやろ。


滞在の時間は限られている。


生の農家とあったり、農地を見て歩きたい。キューバの等身大を見てみたい。




我々二人は稲作会議をキャンセルすることにした。



その旨を電話で伝えると、JICAの方は了承してくれた。


しかし、その後、


「あなた方の渡航の話を聞いている者もいるので、一度会場に来てはどうか」


という提案をいただいた。


こちらの普及員達と話をするいい機会でもあるし、レセプションに参加させていただくことにした。



ただ、JICAの方が用意してくれたホテルはゴージャス過ぎてちょっと高い。


もともとホテルにキューバ国民が宿泊することはほとんどない。



ホテルに泊まるのは外国人のみである。





当然のことながら外国人用のCUC価格で宿泊料が設定されている。



しかも、ツインのシングルユース。


今回の旅に求めているのは快適さではない。




プラヤ地区 ホテルパルコ 1泊55ドル也。


私の部屋、友人の部屋ともにメイン照明がつかない。


友人の部屋などは、その照明の土台が打ち付けられている裏にスイッチがあり、物理的にも照明の操作ができない状態だった。



はははは!笑えてくる。



このくらいは海外ならばよくある話。へっちゃらである。



翌朝、フロントで通訳さんからそのことを伝え、直すように言った。



すると、夜、今度はどのスイッチを切ろうともその照明だけは煌々と光り続けているのである。





・・・・・。





わざとだろ!




絶対わざとだ!



畜生!




でも1泊55ドル。





わはははは!



日本と変わらん。



畜生!




この国に来て思うのは、物価高な日本から来たにもかかわらず、ひとつも円高差益のお得感が得られないということである。


ホテル宿泊料然り、レストラン然り、タクシー然りである。


私はこちらの滞在6日間で10万円近く使った。



このホテルの隣に会議場があり、そこで稲作会議が開催される。



会議に出るのならば結構なのだが、町の中心からも外れている。



会議に出席しないのであればここにいる理由がない。




そんじゃ、これからの行程を考慮し、旧市街ベダード地区あたりに宿をとるほうが便利である。






というわけで、ホテルパルコを引き払うことにした。



二度と来るか、あほたれ!



つづく。



※思いついたのから書いているのでエピソードは多少前後します。この話は、「いつも始まり」の後に起こった出来事です。

2008-06-16

半農半X

写真


マタンサスの中心部から2時間ほど1956年式のシボレーに揺られ、ある芸術家を訪ねた。


エクトル コレアさん56歳。陶芸家。

今回同行してくれた通訳さんの友人の友人。

農家に会って話をしてみたいという我々のオーダーに、農業で生計を立てながら陶芸をやっている人を紹介してくれることになった。



左にカリブ海の海岸線を見ながらのドライブ。

海に面した道沿いには絶景を向いて趣味の良い家が建ち並んでいる。

革命前に支配者階級が建てたものだろう。

今は国が管理し、何世帯分かに仕切って使われているようだ。




原野を真っ直ぐに伸びた道にポツンと椰子の鉢植えが置いてある。

そこを曲がるとエクトルさんの家。



こじんまりとした家に3ヘクタールほどの農地があり果実や野菜を育て、牛や豚、鶏などの家畜も飼う。


写真

家は手作りでなかなかかっこいい。さすがは芸術家の家。ざっくりとした間取りでいて、家のはしばしに陶板があしらわれていたりとなかなかにくらしい。

住むと気持ちいいだろうなと感じさせる家。
写真


家に着くと奥さんが迎えてくれた。

さすがにいきなりの訪問だったので驚いていたが、温かくもてなしてくれた。

エクトルさんは隣町に行っているとのこと。

農場のなかを見学させてもらいながら帰りを待つことにした。


平均最高気温が30度前後の国である。マンゴーが露地で普通になっている。

写真

すげー。

日本ではどっかの知事が一個一万円のマンゴーが売られているというのに、ここの自由市場などでは何十円かでデッカいのが手に入る。

こういうことかと感心していると、エクトルさんが茂みから現れた。


ぐるりと園内を案内してくれた。

マンゴーやバナナ、パイン。ナツメグにビワ、タマリンド、ノニやウコンもあった。

畑のなかには鶏、七面鳥、豚、ウサギ、ヤギ達が遊んでいる。
写真

野犬などはいないようだ。


収穫したマンゴーをテラスでいただきながら話を聞いた。


エクトルさんの両親は都市部に住んでいたのだが、4才から12才まで田舎に住む祖父に預けられていた。

その後進学で都市部に移り住むことになるが、都市の生活で田舎の良さを再認識できたのだという。

「農産物は育てるよりも買う方が安くつくのかもしれないが、朝起きて寝るまで生命を感じ、自然を感じることができる。植物が育ち、それを食べて家畜たちが生きている。そのなかに身を置いていることの幸福をかみ締めることができる。」


さすが芸術家。


言うことが深い。



しかし、キューバでも日本と同様、若者は都市にあこがれ、田舎が疎まれる。都市に人口が集中しているという状況にかわりはない。

ただ、彼は今の生活形態を目指して20年前から人里離れた田舎に入り、ゼロから一つ一つ積み上げてきた。

エクトルさんの生き方はキューバでも珍しい部類に入るようだ。

何が彼をそうさせたのか?


「『人に言われてからやるな』という教えが仏教にあるだろう。自分で感じて始めることの大切さ。ポジティブなエネルギーを感じて生きることを、私は自然との共生、調和に見た。宗教や政治のことは知らない。あるがままに生きるだけ。」


この人と話していると、東洋哲学でも聞いているような気になる。

どこにいるのか分からなくなってしまう。

話をしていると鉢植えの花にハチドリが。


ここは南米キューバ。



昼になったので奥さんが用意してくれた昼食をごちそうになった。
写真


この国の主食と言われる米。インディカである。

タマールというトウモロコシの粉で作ったチマキとクラリアスというナマズに似た淡水魚のフライ。




写真

こちらはデザート。自家製チーズにグアバジャムかけ。



こちらで食べる米については少し気になっていた。


どこで食べる米も、国の主食という割に不味い。


粒が割れているし、インディカにしてもパサパサすぎる。


生産が不足しているのか流通に問題があるのかは分からないが、どうやら米も未だ輸入に頼っているようだ。


米に限らず、これは美味い!という料理に行き当たらない。



裏切らないのは、フルーツのみ。


これは旅をしていて誠に不幸なことである。


この日の昼食。


これはキューバに来て最も美味い食事であった。


「ウチの米は美味いだろう」

とエクトルさん。


日本であれキューバであれどこの農家もおんなじなのである。

確かにここの米は美味かった。

しかし、それは「ここで食ったインディカの中では美味かった」という意味での「美味かった」であり、一回、このおっちゃん達に勝山米食わせてやったら驚くだろう、と同行した佐藤さんと笑った。



ソビエト崩壊の時に襲った食糧危機の時はどうだったか?と尋ねてみた。

「日用品や食事にはかなり困った。しかし、自家製のものだけで何とかしのげた。それからは、心がけて自給で生活している。」


こういうライフスタイルはこの国でも少ない。

野菜や大豆を作っている友人はいるが、この国では輸送と手続きの問題がネックとなって大量生産のメリットが生まれない、のだそうだ。


農産物を生産することはできても、それを輸送するには外貨で購入する石油燃料が必要となり、大きな障害として立ちはだかるのである。


できたものは自家消費以外に友人や親戚に配ってしまうのだという。


キューバについてかかれている文書を渡航前に読んだ。社会主義のこの国では「利益よりは社会のために」という理念が定着している、とあった。個人の利益よりも社会が優先されるため、販売等の利益活動よりも周辺住民や公共機関に無償で寄付されている、と書かれていた。

確かに国民の相互扶助的精神の定着は様々なところで感じた。が、農産物の生産を販売につなげにくいのは、先に記した流通インフラの整備や生活水準に対して原油価格がきわめて高いこと等も一因ではないかとチラリと感じた。


まあ、国の理念がそうだから、それが前提とされる社会が形成されたまで、と言われればそのとおりなのである。


このあたり、私はプロの農家に会って話すことができなかった。

後に訪れる者達がまた私と違う目で見て、農家にあって、新しい言葉で伝えてくれるところであろう。


最後に、この農場の所在地を聞いてみた。


すると通訳さんとエクトルさん夫婦が何やらごにょごにょと話し合いを始めた。


あら?


俺、なんか難しいこと聞いたっけ?


熱い議論10分の末、回答を得た。


「フィンカ グマシマル・デル・トロ  コリセオ マタンサス」


後で何をそんなにもめていたのか聞いてみた。


所在地そのものの意味があまりないのだそうだ。


だだっぴろいところにぽつんと1軒だけあるから、あのへんにいるエクトルさんと言えば通じるので、細かい地名や番地がよくわからない。


写真


せっかく日本から来た客人が聞いてくれたのでなるべく正確にと議論していたのだという。


要らぬ手間をとらせてしまったようだ。



帰りにおみやげとしてこのTシャツを差し上げることにした。

写真


この国はある意味、「持たざる者、かく闘うべし」なのである。


エクトルさんにこそこのTシャツはふさわしい。


写真


結構気に入ってくれていた。


失礼かとも思ったが、お昼もごちそうになりさらにほぼ一日時間を作ってくださったので、お金でお礼をすると、受け取れないと固辞された。


それではマンゴーの木、1本のオーナーになるのでその代金にしてくれ、と頼むと「分かった」と受け取ってくれた。

約束だからね。ちゃんと「ヒロシの木」って札下げといてよ。


マタンサス県 コリセオ地区のエクトルさん家に遊びに行ったら、食っていいよ。



「ヒロシの木」のマンゴー。


みやこ魂Tシャツを着たおっちゃんが出迎えてくれます。

2008-06-11

当たり前のこと

バラデロビーチに遊びに行くことにした。


せっかく、カリブの真珠にいるのだから少しはね。遊んでおかないとね。

もともと年休なんだし、自費だし…。


バラデロ近くのマタンサスというところに農業と陶芸をやっている人がいて、会って話ができるかもしれない。


が、電話がない。


アポナシの飛び込みでゴーだ。


バラデロ行きバスに乗って2時間ほどのマタンサスで途中下車。

そこからタクシーで2時間ほどのところにその農場はある。


ハバナのピアスールにあるバスターミナルからバスに乗るのだが、チケットを買ってカフェで朝飯を食っていると。


アンバランスなカップル発見!


ツーリストのじさまと若いキューバのお姉ちゃん。

ツーリストのお姉ちゃんとかっこいいキューバのお兄さん。


結構多いらしい。海外からのツーリストがキューバ人とお忍びラブラブ旅行。

キューバは白人と黒人の混血、ムラートが大半をしめる。


美男美女の国である。




そこに愛があるのか、金銭的な契約があるのかは知らない。


この国では死ぬが死ぬまで恋愛はアリなのだと聞く。




バスに乗り込むと、隣はキューバ人のお姉さん。


熱いから仕方がないが、露出が多いね。

うれしいことに。


横顔ならばと写真を撮らせてもらった。




写真


谷間好き。


マタンサス駅で降りるとすぐさまナイナイ岡村似の青年が近寄ってきた。



どこに行くのかと聞いて来たので、事情を話すと一日チャーターで40CUC(約5000円)でどうだという。

片道70キロの行程。


交渉した男は我々を車のところまで案内した。


すると車には別の運転手。

黒いグラサン。


岡村、オメーが運転すんじゃねーの?

どうやら岡村が客引きでグラサンが運転手というチームでやっているようだ


1956年式シボレー。


この手の車の白タクは乗り合いで流していることが多い。本来、我々ツーリストがこの乗り合いタクシーを使うことは禁止されている。


この日の宿を探してくれることを条件に加え、チャーターすることにした。



岡村は宿探しに消えていった。


乗り込んで直ぐにエンストし、聞いてもないのに昨日遅くまで走らせたとか電気使ったとかやたらと言い訳をしていた。
50年以上前の車なんだからこちらも性能や快適性に期待はしてないよ。

焦んなくていいからね。

ボンネットを開けてごにょごにょやっている。

壊れたら自分で修理するしかない彼等は、ずっとこうやってきたのだろう。


運転手と最初に声をかけてきた岡村とは幼なじみ。

車のオーナーと運転手がチームでやっていることもある。

彼らは仲がいいから一緒にやっているのだという。


通りがかりの人たちが当たり前のように集まって来て車を押してあげていた。

グラサンの男が道端で車をエンコさせている。

可愛い女の子なら別だが、このあんちゃんに日本で手を貸してくれる人が何人いるか。

この国ではみんなが車を持てるほどの国力はない。

特別に功績があった者にのみ買う権利のみが与えられる。

一般で新車は殆ど見なかった。

買い直すことができないので自分で直す。

バッテリーが上がっている車を見れば押してあげる。

お店の扉を後者も入られるように開けてやるとか、お年寄りに席を譲るとかそういった当たり前のこととして、車を押し掛けしてやる。


ほどなくエンジンはかかった。


出発である。


2008-06-09

金で買えないもの

外貨獲得のためのCUCと国民が使用するCUP。この国には2つの価値があることを話した。


一生懸命勉強していい職についてまじめに働いても、CUCでチップを稼げるホテルのメイドやタクシードライバーより遙かに低いサラリーしか得られないという矛盾。


給料だけで不足かといえばそうではなくて、生活必需品は配給だし、国民同士のやり取りはCUPなので、キューバペソレベルで十分生活が成り立つ。

ただし、レストランやタクシー、西側の物資といった「贅沢」を手に入れようとすればキューバ国民でもCUCが必要になる。





楽して稼げて、贅沢ができる。人間がそちらにふれない訳がないのである。


こういう背景で一気に日陰に追いやられた職業がある。



教師。



小学校や中学校の教師になり手がいないのだという。




考えてみれば、この家業、外貨と接する機会が100%ない。



チップがもらえるわけではないし、モノを売買するわけでもない。



かといって、生徒達にずっと自習させるわけにもいかないので国がとった苦肉の策。



高校生や大学生に応急的に教鞭をとらせている。


ボランティアではないようだが、制度としてはなかなかしんどい。




教育と医療は国が丸抱えしてくれる社会主義国キューバ。


やはり資本主義の闇が歪みを産んでいるのかなと思った。





当初の目的であったイネ会議の日程はほとんどキャンセルしてレセプションだけ出席した。


そこでは普及員や大学の教員と話をすることができた。



ある大学の教授に、キューバで起こっている教育問題について聞いてみた。



すると


「人生、金だけじゃないだろう?俺はそう思っている。国や社会に必要な人間を育てることは価値ある仕事です」



そうだな。


そのとおりだ。



金で買えるもの。金で買うことができないもの。



彼の言った価値は金では買うことができない。



それが得られるのであれば、あとは生活必需品があれば足りる。





資本主義であろうと社会主義であろうと、金で買えないものこそ尊いことにかわりはないのである。

2008-06-09

うへ

時差ぼけで寝られらせん。

2008-06-08

ヒッチハイクの影

道行く車を見ていると様々な国籍に出会う。

最も多いのは旧ソビエト製。それからイタリア製、韓国製、日本製、そしてアメリカ製。

少し前までハバナの名物であった二コブラクダバスは廃止され、最近友好の距離を詰めてきた中国からの2連バスがこれにとってかわった。
3年後には全部壊れてしまうだろうとささやかれている。


旧国会議事堂前にノスタルジック感たっぷりなアメ車が停まっている写真や映像をこちらに来る前に何度か見た。

実際50年代のシボレーなんかがばんばん走っているがそれが全てというわけではない。

一般的に庶民が新規に車を所有することはできない。

金が腐るほどあってもだめ。

国や社会に多大な貢献があった者、例えば医者やスポーツ選手等に特例として所有権が与えられる。

というわけで一般人には無理なのである。

もともと車を持っている庶民はおらず、革命時に上流階級が置き去りにした車をそのまま使用人がイタダイてしまったものが殆どのようである。

車は貴重品であり、壊れたら代わりがないのでひたすらに大切にする。

ボロボロになろうと、ガラスが割れようと、新しいのが買えないのだからそれに乗り続けるしかないのである。

1950年代の車をイタリア人がその骨董的価値に目を付け、買い付けて自国等で販売して荒稼ぎをしていたことがあるのだそうだが、今は制度的に不可能になった。

やだねぇ、資本主義。

国内を走る車は一般以外に海外からの参入企業、外交関係、合弁会社の車がある。これらは一般人のものとナンバーの色で見分けることができる。

一般は黄色、国営企業は青、海外企業はオレンジ。ツーリストは赤。それから外交関係は黒である。



時折、ヒッチハイクをしている若い女性を見た。

泊まっているホテルの近くに芸術大学があり、そこの学生達が交差点近くでやっているのを何度も見た。

彼女達は、このナンバーカラーを敏感に認識し、黄色はスルー!青赤カモン!な勢いで車をチョイスしている。

黒なんて見ようものならああた。

いきなり外交官夫人候補なんざますのよ。

トランプで大富豪やっててジョーカー引いてきた的な興奮を帯びて交渉にあたる。

ヒッチハイク自体は物資不足のみぎり、国が奨励している相互扶助的行為でありヒッチハイカーを見た国営企業の車は彼等を乗せることが義務となる。

面倒くさがって乗せないとチクられて叱られる。


黄色ナンバーの兄ちゃんが停まったが彼女達は知らんぷり。

兄ちゃん負けるな!

大きくなったら何になりたいか?と子ども達に質問すれば「ツーリスト!」と答える、という笑い話がある。

やはりCUCをバンバン使って優雅に暮らす外国人は憧れであり、海外への窓が極端に狭い国にいて、何とか近づいてみたいという思惑は自然に湧いてくるのだろう。


袖にされた兄ちゃんは、メゲた顔ひとつせずその場を立ち去るのである。

自分にはある、と確信する明るい未来を見つめ。

いいんだよ、乗らねーんだったらさ。


国内では、車を持っているというだけで、そのまま大きなビジネスチャンスに直結する。

兄ちゃんは社会主義国にいて、車の分、外貨に近い。

平等で公平な国にもじわじわと資本主義の面白くない臭いが染み付きつつあるのである。

いやだねぇ、資本主義。

2008-06-08

足軽2人

「なんかね、古野さん都合で行かれんようになったみたいでね」

あら。

電話の主は友人で古野さんとは今後キューバで開催される稲作会議で発表するアイガモ農法の古野さん。

もともとキューバ行きはこの古野さんの付き添いの付き添いというのが発端。


せっかくだから行きましょう。

こういうことでもないと、キューバなんて行かない。

その気になってしまってるからな。

行きましょう!


大将抜きで足軽2人がお邪魔します。


会議はスペイン語でやるんだろうから、聞いていてもわからない。

会場に行って匂いが嗅げればそれでよし。

本当に知りたいのは、普通な農家と私と同業の普及員。

施設や生産者への飛び込み取材は難しいようだ。

ラテンの国といえど、社会主義国なのである。


古野さんが行かなくなったことはちょっとの間、黙ってよう。

東京からトロントまでが12時間。

そこで一泊してから更に飛行機で4時間。

右となりには不眠症のタイのおっかさん。右にはカナダのフランス語を話すお姉さん。

今日、トロントに着いた。

ホテルの周りを散策したが半径2キロ以内には、エッソと中古車屋とドーナツ屋しかない。

明日も早いから寝なさいってことか。

寝よ寝よ。

2008-06-08

二つの価値

トロントで飛行機を乗り継いでキューバまでは4時間。

おー!


窓から見える光景に胸は俄然高鳴る。

大きな区画の農地も見えた。



入国審査を終えればカリブ海の真珠キューバである。



空港には現地の知人が迎えに来てくれていた。

空港前でタクシーを拾うと、ドライバーと何やら言い争っている知人。

タクシー料金が高いのだという。

25CUC(ダッ換ペソ)。

日本円にして二千五、六百円。


そら、高すぎる。


キューバ。

この国の人達の平均月収は20CUC。


いきなり荒稼ぎやの、運ちゃん。

疑問に感じつつも15CPCに値切った知人をねぎらう。


これにはちゃんと裏がある。


物事には必ず背景があるのである。

真実とは一方向からの光のみでは浮き上がってはこない。


カストロ、チェゲバラ達が起こした革命は59年に成立。キューバは平等で公平な国、社会主義の理想国を目指して歩み始める。

社会主義大国ソビエトとの蜜月な関係のなかで砂糖などのプランテーションを確立し国家間の分業政策を推し進めてきたキューバであったが、ベルリンの壁崩壊とともにそのバランスは破綻する。

さらにキューバ危機によりアメリカからの経済封鎖が国の孤立化に拍車をかける。

自国のみでの経済復興を余儀なくされたカリブ海の真珠は、大きく舵を取る。


外貨獲得の手段として、観光業や輸出に力をそそぐとともに食料自給率の向上も成果が大きく実りつつある。

キューバ国民は基本的に米や油、鶏肉等の食料を配給で、それ以外の物資もCUP(キューバペソ)で支払う。

先ほど話したCUCは外貨両替用の通貨で、CUPとのレートは25CUP=CUC。CUCは主に外国人が、CUPはキューバ国民使う通貨である。

25倍というレートがそのまま商品に反映されればなんということはないのだが、外貨獲得という国家の大命題により、歪みが生まれる。

タクシードライバーが空港で運良く外国人を捕まえると、いきなり月収以上の外貨を獲得できてしまうことになる。

白タクも横行していて、メーターが着いた車でもメーターを使っているのを見るのは10回に1回くらいだった。

慣れてきて分かったことだが、白タクにも2種類あって、ちょっと古めのソビエト製やドイツ製のものでタクシー同様のサービスのもの、50年代の骨董級のものは乗り合いタクシーで、粗方のルートが決まっていて途中客がいれば勝手に乗り込んでくる。

この辺を使いこなせれば、移動はかなり安く済む。

まあ、なんだかんだいってもモグリなので、それから、見ればこちらが外国人と分かるので、やはり距離により5~10CUCくらいになる。


タクシーに限らず、何か物を買おうとするとCUCを求められ、割にいい値段を言われる。

泊まったホテルは日本円にして約6千円だったし、店を構えているようなちょっと気の利いたところで食事をすれば1人15CUC(1500円)くらいになってしまう。

それではキューバ国民は生きてゆけないではないかというとそうではなく、これはあくまでわれわれツーリストに対する価格設定であり、キューバ国民のものではない。

キューバでは海外旅行や車購入は所得や所持金の有無に関わらず認められていない。

また、キューバ国民がホテルに泊まれるようになったのは最近のことだし、携帯電話が解禁になったのも最近で、それまでは外貨を国内に落とす外国人のみに許されたものであった。

キューバ国民は、基本的にはCUPで生活しながらその傍らCUCを獲得出来る機会がある者はその恩恵を享受する。

同じ物を買うでも外国人用の価格と国民用の価格が存在し、それをうまく渡りこなす者がいる。

月収の2倍の靴を履き、4倍もする携帯通話料を支払ったかと思えば、ちょっとしたサービスで一週間分の給料と同額のチップを受け取る。

世の中に二層の価値観が存在し、わけのわからないことになっているのである。

2008-06-08

ご同業

キューバの農業は、ソビエト崩壊によりモノカルチャーから大きな変換を余儀なくされた。

最も大きな変化は畜産振興、品種改良、そして都市農業オルガノポニコ。

オルガノポニコは、有機農業。都市農業は直訳するとアグリクルトゥラウルバーナである。

砂糖省の防疫関係の役人だったペドロさんは94年、自給自足部に配属される。

もともと砂糖工場ごとに労働者による自給農園があり、これが都市農業へ原形のひとつとなった。

これらの自給農園は農業省の管轄に入り、国の指導を受けることになる。

それと合わせて砂糖産業に関わっていた労働者達の再教育が必要となり、ペドロ達の存在意義が大きく重要性を帯びたのである。


彼は県全体を担当エリアとして持つ。県にはムニシピオとよばれる人口3万から5万人の単位が13あり、ムニシピオごとにエリア担当の普及員がいる。

農薬販売店ごとに農業省から派遣されたカウンセラーがいて農家や市民の指導を行う。

日本でいう農協の営農指導員のような感じに聞こえた。

ペドロは日本でいう専門技術員にあたり、13のムニシピオ普及員に指導を施す。

普及員は農家に指導を行う。

日本とよく似た体制でまわっていることがわかる。


日本の普及事業の理念は、農業者の持続的発展だ、と伝えるとペドロは、私達は技術を伝えることで農業がお金を上げるようにすることだ、と答えた。

少し隠されたニュアンスを感じだのでよく聞き直してみたが、この場合の「お金を上げる」は経営向上ではなく「単に売り上げ」をさしているようだ。

考えてみれば、農薬も肥料も無い中で収支というものに大きな意味はない。

ホワイトカラーの職業の2、3倍の農家も現れ始めたという。

ペドロが花形産業の立役者となる日も近いのである。

2008-06-08

いつも始まり

キューバの都市農業で成功例としてよく紹介されるのがオルガさんの農園エルジャポネス。

50アールの菜園と10ヘクタールの果樹園で出来た農産物を直売所で販売する。

店の名前は、オルガさんが日系人であることに由来する。

店にはバナナやマンゴー等の果実やニンジン、ナスや葉物類が並び、キューバペソで販売されていた。

お客はひっきりなしでなかなかの繁盛ぶり。

常連のフストペレスさんは、ホテルの料理人。

よくここを使うという。

その証に農園に入っていって、作業している人に直接欲しい野菜をオーダーしていた。

聞いてみると、

「ここのは美味しいし、いろいろバリエーションも豊富だからいい。いつも使うが、特にスペシャルなお客の時はここしかない。」

日本から来たことをオルガさんに伝えると作業上の中に案内され、果物をご馳走になった。


キューバの人たちは皆、人なつっこい。誰にでも話しかけてくるし、基本的に陽気である。


オルガさんは、日系ではあるが日本語は話せず表情も硬い。


日系人でキューバ人ぽくないのが受けているのか、よく取材や視察の対象になっているようだ。




ご主人が現れたので、話を聞いてみた。

○規模は?

野菜の栽培は全部で50a、果樹園が10haある。


野菜の常雇が5人いて、苗係1、収穫係1、植え付け係2、雑用1。

品目は多い時で20~30品目あり、品目の多さがウチのウリにもなっている。


スピードの出せないピッチャーは球種のバリエーションとコントロールで攻めるしかない。


来年から学校給食に食材を提供する予定。



○有機栽培だと聞いたが、草や虫対策が大変ではないか?



回転が速く、他品目なので虫が定着する暇がない。草は取るしかない。


○堆肥はどうして作っているのか?ミミズか?


牛糞や生ゴミをコンポストで完熟させて作土をつくる。


近所の農家が集まって勉強会をやっている。農業をやる哲学として「終わりがない」ことを思う。

○今、新たに取り組んでいることがあるか?



現在、豚、ウサギ、ヤギ等の家畜用飼料の作物を試験中。


国は施設や家畜の支援はするが、飼料の支援がないので誰かがそれをやる必要がある。



「どうせいつかは死ぬ。死んでからゆっくり休めるんだから生きているうちはがんばっていたい。いつでも、私たちは始まったばかり。」


なかなか深いことを言いますな。



彼らは、日本で発売されているキューバ農業の本にも掲載されている成功事例の一つである。本への掲載で日本からの訪問者も増えたという。



キューバの都市農業が全て彼らの通りになっているかどうかは、今回の渡航だけでは確認できなかった。



しかし、かなりな額を売り上げている彼らの存在は、社会主義国の中でくすぶり始めた資本主義の種に大きく影響することは間違いない。


隣で同じ形態の経営を兄弟夫婦が始めていた。



食料自給の施策から始まった都市農業は、その枠に留まりきれず自ずから新たな形を模索し始めたようだ。
最新記事
プロフィール

しま・しま

Author:しま・しま
土からつくるここだけ芋焼酎「たばらそだちプロジェクト」を立ち上げました。土と食、命がつながるといいなと思います。

カテゴリ
FC2カウンター
月別アーカイブ
最新コメント
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。