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2009-10-31

いろいろ命がけ

二十五日は「たばらそだち」プロジェクトhttp://kawasujisoul.blog26.fc2.com/の芋掘り。

畑の横に一本栗の木が立っています。

道に覆い被さり、でっかい車だと枝が屋根を擦るな~といつも見上げていました。

明日は会員が沢山見えるし、この際だから地主の人にお願いして被っている分の幹を切らせてもらおうと言うことになりました。

持ち主に連絡すると快諾頂いたので、さー!ばっさりといきますかね~とチェンソー片手に現地に到着したスタッフしましま1号。

バウンバウンとチェンソーを吹かしながら栗の木を切っていきました。


幹にチェンソーの刃が入り、栗はいとも簡単にバリバリバリと倒れていきます。

栗の木の2m先に大きな柳の切り株があります。

私が子供の時分、この柳の木にヒラタクワガタやノコギリクワガタが沢山いて毎朝のぼっては虫を採っていたもんです。


十年ほど前に根元から切られて今では切り株だけになっています。


そこに切った栗の幹がバサーッと倒れかかりました。


すると!



切り株がわーんと唸り始めたかと思うと株の穴から無数の飛行物体が飛び出してきました。



オオスズメバチです。


たまげたのがしましま一号。


刺されれば命の危険すらある相手になすすべはありません。


チェンソーを放り投げて一目散に逃げる逃げる。



軽トラックの中に逃げ込み、何とか難を逃れました。


本当に驚かされたのはスズメバチたち。


「いえいえこちらは栗の木を切っていただけで、そちらを驚かすつもりは無かったんですよ」


「あ、そうなんですか。イヤ、株の中にいたら急にすごい音がして、栗の枝がバサバサーっと来たでしょう?あたし達はてっきり熊か何かが巣を荒そうと来たのかと思って、若いヤツらがすぐに飛び出てったんですよ。いやいや、こちらもついカッとなってすみませんでしたね。」


とまあ、穏便に収まればいいのでしょうが、相手はスズメバチ。



話せばわかる相手でなし。
 


その話を聞いて、スタッフで検討した結果、駆除することにしました。

明日は大勢の会員さんがやってきて、中にはちっちゃなお子さんもいる。

管理出来る危機ではないので排除するしかありません。


ハチ専用の殺虫剤と目の細かい網を用意しました。

まず素早くこの網を巣となっている株全体にかけ、中にいるハチを外に出られないようにします。


覆い被せたところで殺虫剤をシュー!


中のハチ達はすぐに異変に気づき、あのわーんという警戒音を鳴らせ始めます。

既に外に出ていたハチが帰ってくることも想定されるので、そういうハチからの攻撃がないか一人が見張りながらの作業。


株の穴から出てくる出てくる。


とにかく殺虫剤をかけまくりました。


帰ってきたハチにも空中戦で対応。


戦いは終わりました。



戦い・・・?

いや違いますね。

侵略です。


彼らは攻撃してくる、または攻撃してくると見える人にしかその毒針を向けることはありません。

ハチ達は平和に暮らしていました。

ただそれだけ。

危ないから、刺されるかも知れないから、というのは全く持って私達人間様の都合でしかないんです。 


ハチ達には申し訳ないけど、こういう結末。


これは芋や畑の生き物達にも言えることです。


芋も人間に食べて貰いたいとは思っていません。

ツルも枯れるまでは切られたくなかったろうし、土の中の芋は季候が良くなってから芽を出し、次の世代に生命をつないで生きたかったに違いありません。


でも、芋を育て、雑草を抜いて出来た作物を食っていかないことには、私達人間が死んでしまう。


生きていくためには多くの命を犠牲にしているということを改めて目の当たりにするハプニングでした。


さて、芋掘り。



こちらはまた後ほど。
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2009-10-30

命がけ

会員総掛かりで芋を掘る。

午前中で

掘れる芋が約1.5トン。

畑全体の約半分にあたる量である。

残りの芋は我々スタッフが堀り上げることになる。

さすがにスコップでやると死んでしまうので、芋掘りマシンを借りてくる。

デカいトラクターに取り付け、畝の底をガタガタと揺さぶりながら進んで芋を堀り上げていく優れもの。


今度の月曜日に使うから貸して下さい。

「そしたらトラクターに取り付けてトラックに載せとくな。鍵はシートの下に置いとくから好きな時に乗ってけ」


信頼していただいている、とはありがたいことだ。


言われた場所に行ってみた。


目の前の光景に、イヤな汗が背中を流れるのを感じた。


091026_1836~010001



積載量2500キロ

2.5t車ロング!

普通免許の俺に、これは運転出来るんだろうか。


汗がつたう。


4t車までは大丈夫。

免許が許したとて、私にその能力があるかどうかは別問題である。


悩んでいても仕方がない。


乗って帰ることにした。


夜中なので車の通りは少ない。


キーを回してエンジンをかける。


なんだ、普通車とかわらない。視線が高くて見やすいな。


バックミラーを確認。


あれ。


後ろはサイドミラーの視界しかない。

走り出した。

ガックンガックン!

わわわわわ!

ブレーキが固すぎていきなり効く感じだ。

生きて帰られるのだろうかと心配な反面、ハラハラな状況を楽しんでいる。


走っているうちにエアーブレーキなのだということがわかりコツが掴めてきた。

へっちゃらへっちゃら。


こういう小馴れてきた時には落とし穴があるもんだ。

緊張は解かずに最後まで運転した。


最後の曲がり門、隣のおいちゃん家の壁をこすってしまった。

今日は遅いから、明朝、謝りに行こう。

やれば何とかなるもんだ。

2009-10-20

誕生日

昨日は私の誕生日。


仕事を休んでちょっとお楽しみ。



朝、7時から芋畑のツルと雑草を草刈り機で刈った。



来週の日曜日には「たばらそだち」プロジェクトの会員さん達がやってきて芋掘りをするからその前に終わらせておきたい作業だった。


091019_0933~01



あれ?どこの草原ですか?

091019_0933~01

いえいえ、芋畑なんですよ。


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申し合わせて、その日にスタッフ数人でやる予定だったが、調整がうまくいかず、朝方3時間は団長と二人、日中は私一人、夕方3時からしましま1号と交代、という具合。



みんなそろわなくても作業が終われば何も問題ない。




ツルを刈っているというよりは、畝間の伸びきった雑草にからみつかれて悶絶。



ビニールマルチ張り機の都合上、畝と畝の間が広くなっているところは芋のツルが行き届かず、そこに草がボッサリと生えていた。



芋の生育にはそれ程影響は無いようだが、ツルを刈ろうとするとその強靱な生命力を持って立ちはだかる。



うううう。







来年は何とかしないといけないな。こういう困ったから技術の革新が生まれるものだ。



午前中で全体の1/3が終わった。



昼飯を食って再開。



草刈り機を担ぎ、ツルと草を払いながら、いろいろなことを考えた。




これだけ長い時間草刈りをしていても、体は何ともない。



ありがたいことだ。健康に産み育ててくれた両親に感謝しよう。



42歳か。




後厄も終わりだな。


何かわざわいらしいものがあったかな?




最近交通事故に遭ったし、この間は一旦停車違反で切符をいただいた。



大した厄ではない。


車に関わる事件が2つ重なったことは、何かのメッセージ。



最近、横着になっていた車の運転を少し改めよう。




思い出してみると無いことはないのだが、別に泣くようなことではない。そこにはメッセージが必ずあって、それを受け取れたのならば厄どころか宝にもなる。





我ながらいい性格を持ったもんだ。



厄などというものは気に病めばどんよりと暗いが、楽しんでしまえば楽しい人生の一欠片としてキラキラと輝く。




はははは。


これまた両親に礼を言うべきだな。



空は秋晴れ。



汗ばんだ頬を気持ちよい風がなでていく。


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2/3は過ぎたかな。



日曜日にはこの畑がみんなの笑顔でいっぱいになると思うと、自然と顔がにやけてしまう。




5時から他の用事があったので、しましま1号に後をお願いして畑を後にした。



私の誕生日はまだまだ終わらない。

2009-10-14

1分足らずの楽しみ

朝、家を出ると外はひんやりと肌寒かったのだが、スタート前になって汗ばむ程の陽気となった。

職場のジョグ友は殆どフルマラソンにエントリーしていた。

私はハーフ。

今回のレースは筑後川の河辺を走る。

上りだろうが下りだろうが見えるのは広ーい筑後川。


4時間も走るロケーションではないなとハーフにエントリーした。


走り始めてまず手こずったのが強い向かい風。


体に蓄積したグリコーゲンがどこまで効いてくれるのか。


最初の5キロは21分44秒。キロ4分21秒である。


この4分20秒を意識していた。


このペースを保ち続ければ1時間半である。

向かい風の影響を4秒ロスで抑えられたことは満足だった。

次の5キロが4分17秒。

コースも折り返し向かい風はフォローに転じた。

体が軽い。


しかしこの調子は13キロ付近まで。

次の折り返しからはやはり強い風が行く手を阻む。


さらに陽気が容赦なく体を消耗させていく。


ぐぐぐ。


ペースは4分28秒まで落ちた。


ツラいが、ここで食い止めなければ。


私を抜いて行った選手の背中に食らいつく。


たまに自分のペースが上がると抜き返す。


何度か抜いたり抜かれたりを繰り返したが互いにペース保つのが精一杯で、お互い見合いながら徐々にスピードは下がっていった。

相手がこの速さで行くなら遅くでも仕方ない。抜かずについて行こう、という雰囲気が2人を呪縛した。

最後の5キロは4分42秒。


いか~ん!


ゴールで待っている何かに、お前は恥ずかしくないか?


最後1キロ。1人走った。

4分52秒。

ペースを上げることはできなかったがこの気持ちだ。大切なのは。


ゴール。


心地よい満足感が私を抱きしめてくれた。


楽しかったね。


また来よう。

タイムは1時間33分56秒。


自己新記録には1分足らず及ばなかったが、楽しみはとっておけばいい。

またやろう。

2009-10-13

熱い想いが勝手に燃える

10月1日からちょっとした機構改革があった。前に所属していた農業改良普及センターが農林事務所という一回りでっかい組織に組み込まれる。県全体で言えば名前が変わるだけのことであとは大した変化はないのだが、私が所属していた京都地域農業改良普及センターと築上地域農業改良普及センターが合併した。

そうか。俺たちが血潮を湧かせがんばっていた京都普及センターがなくなるのか。


時代の流れからくる統合とはいえ、我々当事者には感慨深い。


それじゃぁ、最後にみんなでドーンと催しましょう!そういう席が設けられるだろうと待っていた。



「京都普及センターさよなら飲み会」




・・・・。



待てど暮らせどお知らせは来ない。



おかしいな。



俺だけ呼ばれていなかったりして・・・。



振り返ると、けっこうはちゃめちゃやったからなぁ。呼ばれなくても仕方ないんだけど、それはあまりにひどい仕打ち。



同僚だった後輩に聞いてみた。



「なんだかやらないみたいですよ。俺も当然やるだろうと思って聞いてみたら、会議でやらないと決まったらしいんです」


合併するもう片方の築上普及センターはOBも呼んで100人くらいで記念誌までつくってやるそうだ。



京都は場所がちょっと移って引っ越しするだけだから、内輪で引っ越しお疲れさん会だけやるとのこと。



おいおい。京都の金看板が無くなってしまうというおおごとにそんな湿気た幕引きがあるか!!!


しましまは当然のごとく、頭から湯気を立たせる。


よし。やるぞ。



誰がなんと言おうとやる。俺たちの京都普及センターをなんだと思ってるんだ。


私よりも怒り心頭な後輩とともに作戦開始。



まず、現在センターの所長をしている方へアプローチ。



「OBや勤務経験のある職員にそんな会をやりたいという要望が相当数あればやらないでもない」



取り急ぎ、後輩と手分けして思いついた職員とOBに連絡をとる。


30名ほどがすぐに集まった。



そのことを所長に知らせ、仮の日程を知らせると



「要望があることはわかったが、引っ越し前の忙しい日にやる意味がわからない」



最後に事務所をみんなで見たりしたいと言えば


「事務所に集まると現職職員の参加が強制されるので困る」



・・・・。


日にちは仮に私たちが決めたもの。そんなものはどうにでもなるのだが、やり取りをしているうちに「ああ、この人やりたくなくて仕方ないんだな」というのがびんびん伝わってきた。



もういいです。



俺たちだけで勝手にやるぞ。



人数数えて、飲み屋を押さえれば足りる話。


声を掛けた俺たちがばかだった。




勝手にやる。



090926_1709~010001




集まった仲間26名。



席を移って色んな人と話をした。



みんな熱かった。



京都地域農業改良普及センター。



そこで燃えてがんばっていた人たち。



みんな熱い想いを持っていた。



地域の農業を少しでもよくするために。農業が生業として成り立つために。

京都地域農業改良普及センターが日本一の普及センターにするためにがんばった。

そして俺たちが日本一なんだと信じていた。



様々なセクションへと異動してしまった今も、みんなの胸にはあの日の炎が燃えている。


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やってよかった。



この炎は、京都地域農業改良普及センターが合併した先も地域農業の応援団であり、潜在能力である。


そのことを現職員達にわかってもらえなかったのは残念だが、我々の思いは微塵も変わらないのである。


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↑その頃からみんなで走っていた。走り仲間が集まるとどういうわけだか足の見せ合いが始まる。

2009-10-13

比較など無い

10月3日は秋晴れ。

絶好の行楽日和だ。

友人5人と朝から自転車でツーリング。

飯塚をスタート地点に遠賀川を芦屋まで下り、海側をこうの湊まで進んでから宗像に南下して飯塚に戻るコース。

80キロちょい。


めっきり秋めいた雲と青い空のコントラストの下で、心地よい風を汗ばんだ体に感じながら進む。







進む。


はずだった。


集合は9時。待ち合わせ場所は飯塚健康の森。

遅れては皆に申し訳ないので早めに家を出た。

行きがけに梨と飴を買いにスーパーに寄ったが、時間には余裕があった。

橋にさしかかった。この橋を渡って次の交差点で右折すれば到着だな。

この橋の両端は、川沿いの道との交差点になっており、黄色と赤の点滅信号が設置されている。

最初の黄色を直進。橋を渡りる前に交差する川沿いの道に右から交差点に入ろうとする軽自動車を見た。

あ、車だ。


橋の上で減速した。


私の車が時速20kmくらいで交差点にさしかかると、その車は交差点手前で停車した。


こちらは黄色点滅であちらは赤点滅。あちらが停車したのだからこちらは直進。べつに思考が順序立てて情報処理したのではなく、反射的な判断で車を走らせた。


交差点を過ぎようとした時のこと。



いきなり大きな衝撃が車後方に加えられた。



わ!


なんだなんだ?




もしかして、自分が黄色点滅だと見た信号は赤だったか?後ろを振り向くと白い軽自動車。


先ほど右側からやってきて、交差点手前で停まっていた車だ。


わー。ツーリングが・・・。まず浮かんだのが自転車だった。



軽自動車は私の車の右後方にぶつかった後、スピンしたのか惰力で動いたのかさらに私の車の左後方にも衝突して停まっていた。



結構通りのある交差点。とりあえず、車を交差点からだし、端に寄せた。


軽自動車の運転手は年配の女性だった。とりあえず、生きているようだった。


外れた軽自動車のバンパーやら部品やらを後続車が通行出来るように道からどかし、女性に声を掛けた。


怪我は無いようだがかなり参っている様子。


車から出てきてへなへなへな~と座り込んだ。


↑相手の車


高齢だからな。血圧でも上がったんだろう。



まず、点滅信号を確認した。



俺、黄色。おばちゃん赤。



そうやろ。やっぱりそうだ。赤で進入するわけがない。




ということは俺、悪くないな。



確認してから声を掛けた。



「すみません。私が悪いんです」



あ。ヘンなことを言う人ではないようだ。



そのあたりで緊張がとけてきた。クビが痛い。左手に少ししびれがある。



あらま。


そのことを相手方に伝えると


「すみません。私が悪いんです」


と頭を下げた。




事故直後こういう感じで素直な人でも、時間が経ち他人からあれこれ入れ知恵されて横着になる人を沢山見てきた。


私はその場で一筆入れて貰うことにしている。


前回もその紙一枚が功を奏して、有利な示談が成立した。


別にそれを盾に無理難題をふっかけるつもりはない。私は善良な人間だから。ただ、相手方がややこしいことを言ったり、急に横着になって義務を放棄しそうになった時に活きてくるのだ。


全てそちらが悪いのなら全額弁償してください。


まず、警察に電話した。おばちゃんは気が動転しているようだから私が電話してあげた。



はい、はい。そうです飯塚市の幸袋の・・・・


私が電話で説明しているとおばちゃんもどこかに電話をしている。



警察への連絡を済ませて少しすると、おっさんが一人やってきた。



「私、○×保険の□△と申します」



あらま、おばちゃん、気が動転している割に手回しの良いことで・・。




全額弁償確約作戦失敗。



こういうケース。どう考えても私に過失はないようだが、交差点内の事故でしかもどちらも動いていたとなれば、幾分かは私にも過失が出てくる。


人身事故だから私に過失がある場合、私にも違反切符が来る。1点か2点。おそらく罰金は無いだろうが、どう考えても私にこの事故を回避することは出来なかった。


事故検分の時、警察官は私に「何がご自分の過失だったと思いますか」と問うた。



ありません。しいて言えば、車の窓を開けておばちゃんに聞こえるように「俺通ってるから停車したまま急発進してぶつけないで」と教えてやればよかったですね。


と答えると


「そんなとこですかね」



警察官ももらい事故だということは十分承知していた。



まったく。



めんどくせー。



ツーリングは諦め、帰りがけにある病院で診察して貰った。



骨には異常なし。5日の診断書。


車の見積もりもとってもらった。こちらは30万円から40万円コース。



相手方の保険ででるんだろうが、過失割合によっては私の支払いも生じる。


頭痛がしてきた。



あのとき、あのコンビニに寄らなければ良かった、とか、あの道を通らなければ事故には遭わなかったのに、と思ったりする。



しかし、私の人生はこの道1本。比較などない。



しっかり受け入れて、まっすぐ歩いていくだけなのである。

2009-10-13

実験

10日前から炭水化物を控えた。

米や芋を食べずに豆腐などのタンパク質主体の食事にした。

炭水化物をとらない食事とは、なんとも寂しいものだ。


その間、ひたすらトレーニングを続ける。





3日前から炭水化物解禁。


白飯をドカ食いした。

いきなり食べたモンだから胃がびっくりして腹痛を起こしてしまった。



昨日は軽く5キロだけ走った。


今日は久留米で筑後川マラソン。


ハーフである。


一旦、体の中のグリコーゲンをカラにして、飢餓状態を起こす。

そこに炭水化物を与え、体内のグリコーゲンを満タンにする。



出走は10時すぎだ。


さあ、どうなるか。
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しま・しま

Author:しま・しま
土からつくるここだけ芋焼酎「たばらそだちプロジェクト」を立ち上げました。土と食、命がつながるといいなと思います。

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